まっさらな瞳

こんにちは。

このブログ「まっさらな瞳」へようこそ。

 

ここは、あなたが本来の自分を思い出し、心をオープンにして、毎日を軽やかに、そして自分らしく生きるためのヒントをお届けする場所です。

 

私たちは生まれたとき、誰もが純粋な瞳を持っています。その瞳の奥には、ありのままの自分がいて、世界と柔らかくつながりながら輝く力があります。けれど、日々の生活や人との関わりの中で、その純粋さや自由さを忘れてしまうこともあります。

 

このブログでは、

 

自己信頼や内なる叡智を思い出すこと

 

自分らしい生き方を育む気づき

 

夢を叶えながら、心地よく輝く日々のヒント

 

などを、私自身の体験や講座での学びとともにお届けしていきます。

 

ヒーラー養成講座やセクシャルウェルネスなどの学びも、この「真っさらな瞳」という視点で統合され、あなたの中の本来の力を呼び覚ますきっかけになれば嬉しいです。

 

さあ、一緒に、目を覚ましたばかりの赤ちゃんのような、真っさらな瞳で、毎日を見つめてみませんか。


価格とは、価値を届け続けるための約束




 

サービスを提供する側になると、

多くの人が価格設定で悩みます。

 

 

「こんなにいただいていいのかな。」

 

「申し訳ない。」

 

 

そんな気持ちになることもあるでしょう。

 

 

 

私も以前はそうでした。

 

 

でも、あるとき気づいたのです。

 

 

 

価格とは、

自分の価値を証明するための数字ではないということに。

 

 

価格とは、

これからも誠実に価値を届け続けるための土台です。

 

 

 

学びを続けること。

 

受講生と真剣に向き合うこと。

 

責任を持ってサポートすること。

 

 

そのためには、

無理なく続けられる価格であることも大切です。

 

 

だから、「高いから悪い」「安いから良い」

という話ではありません。

 

 

 

本当に大切なのは、

その価格が提供する価値や責任と調和しているかどうかです。

 

 

価格とは、

単なる数字ではありません。

 

 

そこには、経験、責任、覚悟、

そして受講してくださる方への誠実さが込められています。

 

 

 

価格とは、提供する人と受け取る人が、
お互いに安心して価値を交換するための約束なのだと、私は思っています。








魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから




価格には、その人の人生が詰まっている




 

ある先生が一つの技術を身につけるまでに、

20年かかったとします。

 

 

たくさんの本を読み、失敗を繰り返し、

多くの人と向き合い、何度も試行錯誤を重ねて、

 

一つの体系を作り上げました。

 

 

 

その先生から学ぶ受講生は、

その20年を20年かけて体験する必要はありません。

 

 

数か月で、その本質を学ぶことができます。

 

 

 

これは単なる時間の短縮ではありません。

 

先生が迷った道、つまずいた場所、遠回りした経験まで

含めて受け取れるということです。

 

 

 

「ここは多くの人がつまずきます。」

 

「私はここで失敗しました。」

 

「この順番で学ぶと理解しやすいですよ。」

 

 

 

そんな言葉には、

経験から生まれた知恵が詰まっています。

 

 

 

だから講座とは、

単に知識を買うものではありません。

 

その人が積み重ねてきた経験や学び、

試行錯誤という人生の結晶に触れさせてもらうものでもあるのです。

 

 

もちろん、高額だから必ず価値があるとは言えませんし、

安いから価値がないとも言えません。

 

 

 

大切なのは価格ではなく、
その価格にどのような経験や責任、思いが込められているのかということなのです。







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どうにかしたい悩みのヒーリングセッション





「高い・安い」で価値は決まるの?




 

私たちは何かを購入するとき、

つい「高い」「安い」という価格に目が向きがちです。

 

 

そして、

「安いからお得」「高いからぼったくり」「高いから価値がある」と、

無意識のうちに判断してしまうこともあります。

 

 

 

 

でも、本当に価格だけで価値は決まるのでしょうか。

 

 

 

 

例えば、1,000円カットと、10,000円の美容室。

 

どちらも髪を切るという目的は同じです。

 

 

 

けれど、技術や経験、接客、お店の空間、かける時間、設備、アフターケアなど、

その中身は大きく異なることがあります。

 

 

 

つまり、価格は

「髪を切る」という行為だけに付いているものではありません。

 

 

そのサービス全体に対して付けられているものなのです。

 

 

 

ヒーリングやセラピー、占い、コンサルティングなども同じです。

 

 

一見すると同じように見えるサービスでも、

その背景には、それぞれ違った経験や学び、責任があります。

 

 

だからこそ、

「高い」「安い」という数字だけでは、

本当の価値は見えてきません。

 

 

価格を見るときに大切なのは、

数字ではなく、その数字の奥にあるものを見ること。

 

それが、本当の価値を見る第一歩なのだと思います。







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どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



人生の正解は、外側にはない



 

「これで合っているのだろうか…」

 

「この選択で大丈夫なのだろうか…」



 

私たちは不安になると、

誰かに正解を教えてもらいたくなることがあります。

 

 

 

もちろん、迷ったときに

人の意見を聞くことは悪いことではありません。

 

 

私自身も、信頼できる人の考えに触れることで、

新しい視点をもらえることがあります。

 

 

 

でも、最近改めて感じたことがあります。

 

 

 

 

それは、

 

人生の正解は、

自分以外の誰かが持っているものではない。

 

ということです。

 

 

 

もし人生に一つだけの正解があるのなら、

誰も迷わず、誰も悩まずに生きられるでしょう。

 

 

 

でも実際は違います。

 

 

 

同じ出来事でも、

人によって感じ方も、大切にしたいものも違います。

 

 

 

だからこそ、本当の意味での答えは、

自分の内側にしかありません。

 

 

 

大切なのは、

 

「どれが正解だろう。」

 

と探し続けることではなく、

 

 

 

「私はこれを選びたい。」

 

と、自分で選ぶこと。

 

 

 

そして、その選択を自分自身で育てていくことです。

 

 

 

選んだ道を正解にしていくのは、

自分自身の行動であり、経験であり、積み重ねです。

 

 

 

時には思ったような結果にならないこともあるでしょう。

 

 

 

でも、それも失敗ではありません。

 

 

 

 

「この経験から何を学べるだろう。」

 

そう問いかけながら歩んでいくことで、

その選択は少しずつ自分らしいものへと育っていきます。

 

 

 

だから私は、人生に必要なのは、

「間違えないこと」ではなく、

 

自分で選び、

自分で育てていく勇気なのだと思います。

 

 

 

 

誰かの正解を生きる人生ではなく、

 

自分で選び、自分で育てた人生。

 

 

 

その積み重ねが、自分を信じる力になり、

自分と仲良くなることにつながっていくのではないでしょうか。

 

 

 

人生の正解は、探すものではありません。

 

自分で選び、自分で育てていくもの。

 

 

 

私は、そんな生き方を
これからも大切にしていきたいと思っています。






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どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



「自分探しの旅」ではなく、「自分を知る旅」



 

 

少し前までは、

「自分探しの旅」という言葉をよく耳にしていました。

 

 

 

私もその言葉を聞いたことはありましたが、

その頃は正直、

意味がよく分かりませんでした。

 

その後、「自分探しなんてしなくていい」

という考え方も知りました。

 

 

 

どちらの意味も、

当時の私にはよく理解できませんでした。

 

 

 

でも最近、

自分自身と向き合う時間を重ねる中で、

ふと一つのことに氣づきました。

 

 

 

「自分探し」という言葉は、

少し不思議な表現なのかもしれない。

 

 

 

なぜなら、

自分はどこかにいなくなったわけではないからです。

 

 

 

私はずっと、ここにいます。

 

 

 

探す必要があるのではなく、

 

知ることが大切なのではないか。

 

 

 

そう思ったのです。

 

 

 

自分はどんなことを嬉しいと感じるのか。

 

どんなことが悲しいのか。

 

何を大切にしたいのか。

 

何を怖いと感じるのか。

 

何を幸せだと思うのか。

 

 

そうやって、一つひとつ自分を知っていく。

 

 

 

私は、それこそが

「自分と仲良くなる」ということなのだと思っています。

 

 

 

 

 

そして、もう一つ氣づいたことがあります。

 

 

 

「自分探し」という言葉には、どこか、

 

「もっと素敵な自分」

 

「もっと輝いている自分」

 

「本当の自分はもっとキラキラしているはず」

 

 

 

そんなイメージが重なっていることがあるように感じます。

 

 

 

 

 

でも、本当の自分は、

美しい一面だけではありません。

 

 

怒る日もあります。

 

嫉妬する日もあります。

 

悲しくて泣く日もあります。

 

誰にも言えないような言葉が心に浮かぶ日もあります。

 

 

 

 

でも、それも全部、

自分の心から生まれた大切な氣持ちです。

 

 

 

だから、

 

「こんな自分はダメ。」

 

と否定する必要はありません。

 

 

 

「そう感じていたんだね。」

 

と、まず理解してあげること。

 

 

 

私は、その方がずっと自然で、

優しい向き合い方だと思います。

 

 

 

自分を知るということは、

 

綺麗な自分だけを見つけることではありません。

 

 

 

いろいろな自分に出会い、

 

その一人ひとりを理解していくことです。

 

 

 

そうして少しずつ、

 

自分が自分の一番の理解者になっていく。

 

 

そして、自分が自分の一番の味方になっていく。

 

 

 

 

私は、それが

「自分と仲良くなる」ということなのだと思っています。

 

 

 

 

人生は、自分探しの旅ではありません。

 

 

 

自分を知り、理解し続ける旅。



 

私は、これからもそんな旅を、
一歩ずつ歩いていきたいと思っています。







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「これが私の哲学なんだ。」

そう気づいた日



 

最近、自己対話を重ねる中で、

不思議な感覚がありました。

 

新しい知識を学んでいるというよりも、

自分の中にあった思いが、

一つひとつ言葉になっていく感覚です。

 

 

最初は、「自分と仲良くなる」

という言葉が好きだなというところから始まりました。

 

 

でも、対話を重ねるたびに、

その言葉の奥にあるものが少しずつ見えてきたのです。

 

 

 

自分と仲良くなるとは何だろう。

 

自分を好きになることなのかな。

 

自己信頼とは何だろう。

 

 

そんな問いを繰り返していくうちに、

私の中で一本の線がつながりました。

 

 

 

自分と仲良くなるとは、

 

自分を好きになることではなく、

 

自分を知り続けること。

 

 

そして、自分を評価することをやめ、

 

どんな自分も理解しようとすること。

 

 

 

 

傷ついた自分も、

 

悲しんでいる自分も、

 

怒っている自分も、

 

 

「そう感じていたんだね。」

 

と寄り添ってあげること。

 

 

 

そうして少しずつ、

 

自分が自分の一番の理解者になっていく。

 

 

 

そして、

 

自分が自分の一番の味方になっていく。

 

私は、この流れこそが

「自己信頼」なのだと思うようになりました。

 

以前の私は、

「自分を好きになること」がゴールだと思っていました。

 

 

 

でも今は違います。

 

好きになることを目標にする必要はない。

 

 

 

理解し続け、寄り添い続けていたら、

氣づけば自然と

 

「私は私でいい」と思えるようになる。

 

 

 

それが、本当の意味で

自分を大切にすることなのだと感じています。

 

 

そして、もう一つ大きな氣づきがありました。

 

 

どんなに素晴らしいヒーラーやセラピスト、

カウンセラー、コーチ、メンターがいたとしても、

その人の人生を代わりに歩くことはできません。

 

 

一緒に歩くことはできます。

 

立ち止まったときに隣に座ることもできます。

 

背中を押すこともできます。

 

 

でも、最終的に自分に寄り添い、自分に向き合い、

自分の人生を歩いていくのは、自分しかできません。

 

 

 

 

それは、自分の心の奥にある、

本当の思いや言葉にならない感情を、一番知っているのが自分だからです。

 

 

 

第三者は、一番近い理解者になることはできます。

 

でも、100%の理解者にはなれません。

 

 

 

100%理解できる存在になれるのは、自分自身だけです。

 

だからこそ、自分と仲良くなることが大切なのだと思います。

 

 

 

 

最近、私はふと思いました。

 

「ああ、これが私の哲学なんだ。」

 

 

 

哲学というと難しく聞こえるかもしれません。

 

でも、私にとって哲学とは、

自分がどんな世界を見て、どんな人でありたいと思い、

どんなふうに人と関わっていきたいのかという、生き方そのものです。

 

 

 

私は、人を変えたいわけではありません。

 

誰かの人生を代わりに歩きたいわけでもありません。

 

 

 

その人が、自分自身と出会い、

自分の一番の理解者となり、

一番の味方となって、

自分らしい人生を歩いていけるようになる。

 

 

 

 

そのきっかけを届けられる人でありたい。

 

 

 

それが、今の私が大切にしたい世界観です。

 

 

 

そして、これからも、
この「自分と仲良くなる」という哲学を、
一つひとつ言葉にしながら、
必要としてくださる方へ届けていきたいと思っています。






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一緒に歩くことはできる。

でも、自分の人生を歩くのは自分。




 

「人を幸せにしたい。」

 

ヒーラーやセラピスト、カウンセラー、コーチ、メンター。

 

人を支える仕事をしていると、誰もが一度はそんな思いを抱くのではないでしょうか。

 

 

 

私自身も、これまでたくさんの方の悩みに寄り添わせていただきました。

 

 

でも、今回改めて気づいたことがあります。

 

 

 

 

それは、

 

どんなに優れたヒーラーやセラピストでも、

その人の人生を代わりに生きることはできない。

 

ということです。

 

 

 

 

私たちは、一緒に歩くことはできます。

 

 

 

立ち止まってしまったときには隣に座ることもできます。

 

転びそうになったら手を差し伸べることもできます。

 

「大丈夫だよ」と声をかけることもできます。

 

 

でも、その人の代わりに歩くことはできません。

 

 

 

 

人生の一歩を踏み出すのも、自分。

 

傷ついた自分に寄り添うのも、自分。

 

自分を許すのも、自分。

 

そして、自分の人生を生きるのも、自分です。

 

 

 

 

 

だから私は、「支える」ということの意味を改めて考えました。

 

 

 

私の役割は、その人を変えることではありません。

 

その人の代わりに問題を解決することでもありません。

 

 

私の役割は、

 

その人が、自分自身と出会うきっかけを届けること。

 

 

そして、

 

「あなたには、自分の人生を歩く力がありますよ。」

 

そう信じ続けることです。

 

 

 

人は苦しいとき、誰かに答えを求めたくなります。

 

「どうしたらいいですか?」

 

「私は何を選べばいいですか?」

 

 

そう聞きたくなる気持ちは、

とても自然なことです。

 

 

 

 

でも、本当に人生が変わる瞬間というのは、

誰かから答えをもらったときではありません。

 

 

自分の心の声に気づき、

 

「私は本当はこう感じていたんだ。」

 

「私はこれを大切にしたかったんだ。」

 

そう、自分自身と出会えたときです。

 

 

 

だから私は、「自分と仲良くなる」

ということを大切にしています。

 

自分と仲良くなるとは、自分を変えることではありません。

 

自分を評価することでもありません。

 

自分を好きになろうと努力することでもありません。

 

 

 

ただ、自分を知り続けること。

 

 

 

傷ついた自分も、

 

悲しんでいる自分も、

 

怒っている自分も、

 

悔しがっている自分も、

 

 

「そう感じていたんだね。」

 

と見捨てずに寄り添ってあげることです。

 

 

 

 

そうして少しずつ、

自分との信頼関係が育っていきます。

 

 

 

そしてある日、

自然とこんな問いが生まれます。

 

 

「じゃあ、私はこれからどう生きていこう。」

 

 

 

 

私は、この問いが生まれたときから、

本当の意味で人生は動き始めるのだと思っています。

 

 

 

だから私は、これからも

誰かの人生を代わりに歩く人ではなく、

 

その人が自分の足で歩き始めるための、

きっかけを届ける人でありたい。

 

苦しいときには隣で一緒に歩き、

 

少し元氣が戻ってきたら、

 

「あなたなら大丈夫。」

 

 

 

そう信じて、

静かに見守れる人でありたいと思っています。

 

それが、今の私にとっての
「サポート」の意味です。






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「間違えたら終わり」と思って生きてきた私

 

 

前回の記事では、

 

「いい子でいれば愛される。」

 

そんな子どもの頃のルールが、

大人になっても無意識に続いていたことについて書きました。

 

 

今回は、その続きを書いてみたいと思います。

 

 

 

 

私は長い間、「間違えること」が

とても怖い人間でした。

 

人前で間違ったことを言ってしまうこと。

 

先生や目上の人に注意されること。

 

叱られること。

 

誰かと意見がぶつかること。

 

そんなことが起きるだけで、

心臓が苦しくなるような感覚がありました。

 

 

 

でも今振り返ると、

本当に怖かったのは「間違い」そのものではありませんでした。

 

 

 

 

 

私が恐れていたもの

 

 

私の心の中では、

 

間違えることは、

 

ただの失敗ではありませんでした。

 

 

間違える

注意される

嫌われる

見放される

自分には価値がない

 

 

そんな流れになっていたのです。

 

 

 

だから私は、いつも正解を探していました。

 

「これで合っているかな。」

 

「怒られないかな。」

 

「変なことを言っていないかな。」

 

 

そんなことばかり考えていました。

 

 

 

 

「失敗」ではなく「失格」

 

 

今になって気づいたことがあります。

 

 

私は、

 

「間違えること」

 

を恐れていたのではなく、

 

 

「失格になること」

 

を恐れていたのです。

 

 

 

一度でも怒られたら終わり。

 

一度でも嫌われたら終わり。

 

一度でも失敗したら終わり。

 

 

そんな極端なルールを、

自分でも気づかないまま信じていました。

 

だから、先生や権威のある人は、

とても怖い存在でした。

 

その人たちは、私を評価する人ではなく、

 

 

まるで人生の合否を決める

審判のような存在に感じていたのです。

 

 

 

 

「私はダメな人間」という思い込み

 

 

その根底には、

 

「私は不完全な人間だ。」

 

「私は人より劣っている。」

 

そんな思い込みもありました。

 

 

 

だからこそ、

 

周りの人のほうが正しい。

 

周りの人のほうが立派。

 

自分は間違えないようにしなければならない。

 

そう思い続けていました。

 

 

 

でも、本来、人は誰でも間違えます。

 

間違えることは、人として自然なことです。

 

 

 

自己信頼とは、間違えないことではない

 

最近になって、

私は少しずつ考え方が変わってきました。

 

 

 

自己信頼とは、

 

「私は完璧だ。」

 

と思うことではありません。

 

 

そうではなく、

 

「私は間違えることもある。でも、それで私の価値がなくなるわけではない。」

 

そう思えることなのだと感じています。

 

 

 

間違えたら学べばいい。

 

気づいたら謝ればいい。

 

必要なら、もう一度関係を築いていけばいい。

 

そんなふうに考えられるようになると、

 

 

「間違えてはいけない。」

 

という恐怖は、

少しずつ小さくなっていくのかもしれません。

 

 

 

 

誠実さとは何だろう



 

私は最近、「誠実さ」という言葉をとても大切にしています。

 

以前は、

 

誠実な人とは、

 

間違えない人。

 

失敗しない人。

 

そんなイメージがどこかにありました。

 

 

 

でも今は違います。

 

誠実な人とは、

 

間違えたら認める人。

 

必要なら謝れる人。

 

 

そして、そこからまた信頼を積み重ねようとする人。

 

そんな人なのではないかと思います。

 

 

 

人は、一度の失敗で価値を失うわけではありません。

 

 

私自身も、少しずつ
そのことを学び始めています。







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「いい子でいれば愛される」は、

本当に幸せな教えだったのだろうか



 

私たちは子どもの頃から、

こんな言葉を何度も耳にして育ちます。

 

 

「いい子にしなさい。」

「おとなしくしなさい。」

「みんなと仲良くしなさい。」

「嫌われないようにしなさい。」

 

 

 

もちろん、これらの言葉には、

子どもを守りたいという親や先生の願いが込められていることもあります。

 

 

集団生活では協力することも大切ですし、

交通ルールを守ること、人を傷つけないことも、

社会で生きていく上では欠かせません。

 

 

 

しかし、大人になって人間関係に悩む人を見ていると、

私はあることを感じます。

 

 

 

それは、

 

 

「いい子でいればうまくいく」というルールを、

そのまま大人になっても信じ続けている人が、とても多いのではないか。

 

ということです。

 

 

 

子どもにとっては、生きるためのルールだった

 

子どもは親に守られながら生きています。

 

 

 

だからこそ、

 

「親に嫌われないこと」

「怒られないこと」

「いい子でいること」

 

は、安心して生きるための大切な方法になります。

 

 

 

その環境では確かに役立つルールだったのでしょう。

 

 

でも、そのルールは、

そのまま社会でも通用するとは限りません。

 

 

恋愛でも仕事でも、

 

「嫌だけど笑顔で受け入れる。」

「本当は断りたいけれど、嫌われたくないから断れない。」

 

 

そんな状態では、

自分自身がどんどん苦しくなってしまいます。

 

 

 

 

教えるなら「理由」が必要

 

 

私は、子どもにルールを教えること自体が悪いとは思いません。

 

ただ、一つだけ、

とても大切なことがあります。

 

 

 

それは、

 

「なぜ、そのルールが必要なのか。」

 

という理由を一緒に伝えることです。

 

 

 

例えば、

 

「静かにしなさい。」

 

だけでは命令です。

 

 

でも、

 

「今は先生がお話ししているから、みんなが聞きやすいように静かにしようね。」

 

と言われれば、

 

 

子どもは「静かにすること」が目的ではなく、

人を思いやるための行動なのだと理解していきます。

 

 

理由を知ることで、

子どもは考える力を育てることができます。

 

 

 

 

「嫌」と言ってもいいことも教えてほしい

 

 

一方で、私たちはあまり教えられなかったことがあります。

 

それは、

 

「嫌なことは、嫌と言っていい。」

 

ということです。

 

 

 

協力することは大切。

 

でも、それと同じくらい、

 

自分の気持ちを大切にすることも大切です。

 

 

「嫌だから断る。」

 

「納得できないから理由を聞く。」

 

「自分の考えを伝える。」

 

 

こうしたことは、わがままではありません。

 

 

 

社会の中で、

自分らしく生きていくために必要な力です。

 

 

 

 

「言うことを聞く子」ではなく、「考えられる子」へ

 

昔は、

 

「見て覚えなさい。」

「黙って言うことを聞きなさい。」

 

という教育が多かった時代もありました。

 

 

 

もちろん、その時代背景には、

それぞれの事情があったのでしょう。

 

 

 

でも、これからの時代は、

 

「なぜそうするのか。」

 

を一緒に考えられる教育のほうが、

人との違いを受け入れ、

自分の意見も持てる大人を育てるのではないかと思います。

 

 

 

「いい子」でいることよりも、

 

「考えられる子」であること。

 

「嫌われないこと」よりも、

 

「自分も相手も大切にできること」。

 

 

 

そんな教育が、
これからもっと広がっていったらいいなと思います。






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人生は、苦しみを避けるためだけのものではない



 

私はこれまで、

 

人生とは大変なもの。

 

苦しみがあるもの。

 

 

そんな感覚を、

どこか当たり前のように持っていました。

 

 

 

もちろん、生きていれば悲しいこともあります。

 

思い通りにならないこともあります。

 

だから、「人生には苦しみがある」という言葉は、

決して間違いではないと思います。

 

 

 

でも、ある時ふと気づきました。

 

 

 

私はいつの間にか、

 

「苦しみを避けること」

 

を人生の目的のように考えていたのではないか、と。

 

 

 

嫌われないように。

 

損をしないように。

 

失敗しないように。

 

後悔しないように。

 

 

 

そんなふうに、「避けること」を基準に生きていると、

人生は少しずつ窮屈になっていきます。

 

 

 

でも、本当は違うのかもしれません。

 

 

 

人生は、

 

苦しみを避けるためだけにあるのではなく、

 

喜びを育てるためにもある。

 

 

 

私は今、そんなふうに感じています。

 

 

 

好きなことに時間を使う。

 

心から笑える人と過ごす。

 

自分の本音を大切にする。

 

新しいことを知って、「面白い」と感じる。

 

 

そんな時間もまた、人生そのものです。

 

 

 

だから最近、私は「正しい答え」を探すことよりも、

 

 

「私はどう感じるだろう。」

 

「私は何を大切にしたいだろう。」

 

そんな問いを持つようになりました。

 

 

 

その問いには、

正解も不正解もありません。

 

 

でも、その問いを持ち続けることで、

少しずつ「自分だけの人生」が見えてくるような気がしています。

 

もし、このブログを読んでくださった方が、

 

「そういえば私は、本当はどう思っているんだろう。」

 

そんなふうに、一度だけでも

自分に問いかける時間を持ってくださったなら、

とても嬉しく思います。

 

 

 

人生は、誰かの答えを生きるものではありません。

 

 

 

自分の心に耳を傾けながら、
自分だけの答えを見つけていく旅なのだと、
私は今、感じています。






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 幸せの魔法使い☆まみ 

性を通して本来の自分に還る

心・身体・性を整え、人生を再構築する

電話番号:08053094890

営業時間:10:00~17:00

所在地 : 山形県北村山郡大石田町大字大石田乙690-1  サロン情報はこちら