まっさらな瞳

こんにちは。

このブログ「まっさらな瞳」へようこそ。

 

ここは、あなたが本来の自分を思い出し、心をオープンにして、毎日を軽やかに、そして自分らしく生きるためのヒントをお届けする場所です。

 

私たちは生まれたとき、誰もが純粋な瞳を持っています。その瞳の奥には、ありのままの自分がいて、世界と柔らかくつながりながら輝く力があります。けれど、日々の生活や人との関わりの中で、その純粋さや自由さを忘れてしまうこともあります。

 

このブログでは、

 

自己信頼や内なる叡智を思い出すこと

 

自分らしい生き方を育む気づき

 

夢を叶えながら、心地よく輝く日々のヒント

 

などを、私自身の体験や講座での学びとともにお届けしていきます。

 

ヒーラー養成講座やセクシャルウェルネスなどの学びも、この「真っさらな瞳」という視点で統合され、あなたの中の本来の力を呼び覚ますきっかけになれば嬉しいです。

 

さあ、一緒に、目を覚ましたばかりの赤ちゃんのような、真っさらな瞳で、毎日を見つめてみませんか。


バウンダリーとは、お互いが心地よくつながるための橋





 

「バウンダリー(境界線)」という言葉を初めて聞いたとき、

私は少し冷たい印象を持っていました。

 

 

 

「ここから先には入らないでください。」

 

 

そんな壁のようなものを想像していたのです。

 

 

 

 

でも、学びを深め、自分自身の経験を重ねる中で、

その意味は大きく変わりました。

 

 

 

 

今、私が感じているバウンダリーとは、

 

 

 

自分が心地よくいるためのもの。

 

 

 

そして、

 

自分と相手が、

お互いに心地よく良い関係でいるためのもの。

 

です。

 

 

 

 

私は、バウンダリーとは橋のようなものだと感じています。

 

 

 

 

橋には、安心して渡れる強さがあります。

 

 

だから人は安心して行き来できます。

 

 

 

でも、その橋にも支えられる重さがあります。

 

もし、その重さを超えてしまえば、

橋は壊れてしまいます。

 

 

 

だから橋は弱いのではありません。

 

 

長く使い続けるために、

自分の強さを知っているのです。

 

 

 

人も同じなのだと思います。

 

 

 

 

私は、人を受け止めることを大切にしています。

 

 

 

でも、

 

何でも受け止める人になりたいわけではありません。

 

 

 

 

私は、

 

受け止めることを大切にする人でありたい。

 

そう思っています。

 

 

 

自分を大切にする。

 

相手も大切にする。

 

 

 

 

だからこそ、必要なときには

「今日は難しい」と伝えることもあります。

 

 

 

それは拒絶ではありません。

 

 

 

関係を大切にしたいからこその誠実さです。

 

 

 

バウンダリーとは、

相手を遠ざけるための壁ではありません。

 

 

 

これからも、お互いが安心して、

長く、心地よくつながっていくための橋。

 

 

 

私は、今そんなふうに感じています。

 

 

 

そして、この考え方は、

人との関係だけではありません。

 

 

 

自分自身との関係にも通じています。

 

無理をしない。

 

我慢しすぎない。

 

自分の心の声にも耳を傾ける。

 

 

 

 

そうやって自分とのつながりを育てることが、
結果として、人とのつながりも温かく育ててくれるのだと思います。







魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

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どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



伴走することと、背負い続けることは違う




 

以前の私は、

人から相談を受けると、

 

 

「少しでも楽になってほしい。」

 

 

そんな気持ちで話を聞いていました。

 

 

 

 

もちろん、その気持ちは今も変わりません。

 

でも、ある経験から、

大切なことに気づきました。

 

 

 

人の苦しさを受け止めることと、

 

その苦しさを自分が持ち続けることは違う、

ということです。

 

 

 

 

以前、会うたびに同じ悩みや愚痴を話す方がいました。

 

 

最初は、「本当に辛かったんだな」と

思いながら聞いていました。

 

でも、それが何度も続くうちに、

帰る頃には私自身の心が重くなっていることに気づきました。

 

 

楽しい時間を過ごしたはずなのに、

帰るときには重い荷物を背負って帰っているような感覚でした。

 

 

 

 

もちろん、その方に

悪気があったわけではありません。

 

安心できる相手だからこそ、

自然と話していたのだと思います。

 

 

 

でも、その経験から私は気づきました。

 

 

伴走することと、

相手を背負い続けることは違う。

 

 

 

伴走とは、

必要なときに隣を歩くことです。

 

 

 

相手が立ち上がれないときは手を差し伸べる。

 

歩き始めたら、一緒に歩く。

 

 

 

 

そして、自分の足で歩けるようになったら、

その力を信じて見守る。

 

 

私は、この「信じて見守る」ということも、

伴走の一つなのだと思っています。

 

 

 

本当の優しさとは、

相手をずっと支え続けることではなく、

 

「あなたには、自分で歩く力がありますよ。」

 

そう信じることなのかもしれません。







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どうにかしたい悩みのヒーリングセッション


「今、大丈夫?」という一言に込められた思いやり




 

先日、ふと思い出したことがありました。

 

 

昔から電話をかけるときによく使う言葉があります。

 

「今、大丈夫?」

「今、お時間ありますか?」

 

 

私は以前、この言葉を

単なるマナーだと思っていました。

 

 

でも最近、

この一言には、とても深い思いやりが込められていることに気づきました。

 

 

 

電話をかける側は、

自分が話せるタイミングで電話をかけます。

 

 

 

でも、受ける側の状況はわかりません。

 

 

もしかすると仕事中かもしれない。

 

ゆっくり休んでいる時間かもしれない。

 

考え事をしている最中かもしれない。

 

 

 

だからこそ、

 

「今、大丈夫ですか?」

 

という一言は、

 

 

「あなたにもあなたの時間や心の状態がありますよね。」

 

という尊重の言葉なのだと思います。

 

 

この一言があることで、

 

「今日は大丈夫ですよ。」

 

「少し忙しいので後でもいいですか?」

 

そんなふうに、お互いが安心してやり取りできます。

 

 

 

私は、この考え方は電話だけではなく、

人との関わり全体にも共通することだと感じています。

 

 

 

相談をするとき。

 

愚痴を聞いてもらうとき。

 

悩みを話したいとき。

 

 

そんなときも、

 

「今、少し話を聞いてもらっても大丈夫?」

 

その一言があるだけで、

お互いが心地よい関係でいられるのではないでしょうか。

 

 

 

思いやりとは、

相手のために何かをしてあげることだけではありません。

 

 

 

相手にも、

その人自身の心や時間があることを大切にすること。

 

その小さな心遣いが、
人との関係を温かく育てていくのだと思います。





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どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



心の器が大きい人とは、「何でも受け止める人」なのでしょうか




 

私はこれまで、「心の器が大きい人」という言葉を聞くたびに、

とても優しくて、どんなことでも受け止めてくれる人を思い浮かべていました。

 

 

そして、ヒーラーやメンターという仕事をしていると、

そう見られることもあります。

 

 

もちろん、人の気持ちを受け止めることは、

とても大切なことです。

 

 

 

私自身も、自分自身に対しても、目の前の人に対しても、

「まず受け止めること」を大切にしています。

 

 

 

でも最近、一つの大きな気づきがありました。

 

それは、

 

 

「人には、自分自身と向き合えない時があるように、

人の苦しみを受け止められない時もある。」

 

ということです。




 

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私たちは、苦しい出来事があると、

一人では抱えきれなくなることがあります。

 

 

 

そんなとき、

誰かに話を聞いてもらいたいと思うことは、とても自然なことです。

 

私も、そのような方の伴走をすることがあります。

 

 

 

 

でも、その経験を通して気づいたことがあります。

 

 

それは、

 

受け止める側にも、

心のコンディションがある。

 

という、とても当たり前だけれど、

これまで深く考えたことのなかった事実でした。

 

 

 

 

自分が辛いときは、

「聞いてほしい」という気持ちに意識が向きます。

 

 

 

でも、聞く側にも、

 

今日は余裕がある日もあれば、ない日もあります。

 

 

 

 

静かに過ごしたい日もあります。

 

自分自身と向き合いたい日もあります。

 

 

これは冷たいことではありません。

 

 

 

人である以上、とても自然なことです。

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------

 

 

 

私は最近、「心の器が大きい人」

という言葉の意味が、少し変わりました。

 

 

 

以前は、

 

「何でも受け止められる人」

 

だと思っていました。

 

 

 

でも今は、こう感じています。

 

 

 

心の器が大きい人とは、

自分の器の大きさを知っている人なのではないか。

 

 

今日はここまでなら受け止められる。

 

今日は少し休もう。

 

今は自分を整える時間が必要。

 

 

そんなふうに、

自分の状態を知り、大切にできる人。

 

 

 

だからこそ、無理をせず、

長く人と関わり続けることができるのだと思います。

 

 

 

 

そして、私が大切にしたいのは、

 

「何でも受け止める人」

 

になることではありません。

 

 

 

 

受け止めることを大切にする人。

 

 

 

 

この違いは、とても大きいように感じています。

 

受け止めることを大切にする。

 

でも、自分自身も大切にする。

 

 

だからこそ、自分とのつながりを失わずに、

人とも長く温かな関係を築いていけるのではないでしょうか。

 

この気づきは、
私自身がこれからも大切に育てていきたい価値観の一つになりました。






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学びは、一度受け取って終わりではない




 

今回、「価格」や「価値」について考えていたはずなのに、

最後に私がたどり着いたのは、意外な場所でした。

 

 

それは、

 

「これまで購入した講座を、もう一度見返してみよう。」

 

という気持ちです。

 

 

 

以前は、講座というものを

「学び終えるもの」だと思っていました。

 

動画を最後まで見たら終わり。

 

教材を一通り読んだら終わり。

 

そんな感覚がどこかにあったように思います。

 

 

 

でも今は、そうではないと感じています。

 

人は日々変化しています。

 

経験も増えます。

 

価値観も変わります。

 

 

 

以前は理解できなかったことが、

今なら自然と腑に落ちることもあります。

 

逆に、以前は印象に残っていた言葉よりも、

まったく違う一文が心に響くこともあります。

 

 

 

講座は変わっていません。

 

変わったのは、自分自身です。

 

 

だからこそ、同じ講座でも、

二回目、三回目、十回目では、受け取るものが違ってきます。

 

 

私は今回、

「受け取る力」という言葉に出会いました。

 

 

価値を提供する力だけではなく、

価値を受け取る力も育てていく。

 

 

 

それは、とても大切なことなのだと感じています。

 

そして、その受け取る力の土台にあるのが、

「敬意」なのかもしれません。

 

 

 

この講座を作るために、

どれだけの時間が費やされたのだろう。

 

どれだけの失敗や試行錯誤があったのだろう。

 

どんな思いで、

この内容を届けてくださったのだろう。

 

 

 

そんなことを少し想像するだけでも、

学びへの向き合い方は大きく変わります。

 

 

 

価格とは、価値を交換するためのもの。

 

 

そして、その価値を丁寧に受け取ることにも、

敬意と技術があります。

 

 

 

私は今回、そのことを改めて教えてもらいました。

 

だから、これからは「新しい講座を探すこと」だけではなく、

これまでご縁があって学ばせていただいた講座にも、もう一度向き合ってみたいと思います。

 

 

 

以前の私が受け取れなかったものを、

今の私なら受け取れるかもしれない。

 

 

そんな小さな期待を胸に、

一つひとつの学びを、もう一度大切に味わってみようと思います。

 

 

 

学びは、一度受け取って終わるものではありません。

 

 

 

人生を歩み、自分自身が成長するたびに、

何度でも新しい価値を受け取ることができる。

 

 

 

それもまた、学ぶことの楽しさであり、
豊かさなのだと、私は感じています。







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本当に大切なのは「受け取る力」




 

以前の私は、

特典に惹かれて商品を購入したことがありました。

 

 

もちろん、それ自体が悪いことではありません。

 

 

でも後から振り返ったときに、

少し申し訳ない気持ちになりました。

 

 

私は特典ばかりに目が向いていて、

作り手が本当に届けたかったメインの商品に、

十分向き合えていなかったのではないか、と。

 

 

そして、その経験から

一つの気づきがありました。

 

 

 

それは、「受け取る力」ということです。

 

 

私たちは、価値を提供することについてはよく学びます。

 

でも、価値を受け取ることについて考える機会は、

それほど多くありません。

 

 

 

無料だから適当に扱う。

 

安かったから後回しにする。

 

特典だけ受け取って終わってしまう。

 

そんなことは、私自身にもありました。

 

 

でも、本当に大切なのは価格ではなく、

受け取る姿勢なのだと思います。

 

 

 

「この人が時間をかけて作ったものだから、丁寧に学ぼう。」

 

「一つでも実践してみよう。」

 

「感謝を持って受け取ろう。」

 

 

 

そんな姿勢があると、

同じ講座でも、同じ本でも、

得られるものは大きく変わります。

 

 

 

価格が高いと真剣になりやすいという側面は

確かにあるかもしれません。

 

 

けれど、本当の覚悟は価格だけで決まるものではありません。

 

 

自分で選び、

自分の人生に生かそうと決めること。

 

 

その主体性こそが、

学びを深めてくれるのだと思います。

 

 

私は今回、お金について考えていたはずなのに、

最後にたどり着いたのは「敬意」と「受け取る力」というテーマでした。

 

 

 

価格とは、

価値を交換するための数字です。

 

でも、その数字の向こうには、

人の時間や経験、努力、責任、そして思いがあります。

 

 

 

それらを大切に受け取ろうとする姿勢こそが、

本当の意味で価値を受け取る力なのではないでしょうか。

 

 

 

そして、その力は、お金だけではなく、
人との出会いや学び、日々の出来事など、
人生そのものをより豊かに受け取る力にもつながっていくように感じています。





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価格の奥にあるもの 〜「敬意」という視点〜



 

私たちは何かを購入するとき、

「高い」「安い」という価格に目が向きがちです。

 

でも、本当に見るべきなのは、その数字だけなのでしょうか。

 

 

 

最近、私は「価格とは何だろう」と

改めて考える機会がありました。

 

 

そして気づいたのは、

価格には単なる金額以上のものが込められているということです。

 

 

例えば、一つの講座が完成するまでには、

何年、何十年という学びや経験があります。

 

 

先生自身が何度も失敗し、試行錯誤を重ね、

遠回りをしながらようやくたどり着いた知恵があります。

 

その積み重ねを、受講する側は

数か月という短い時間で学ぶことができます。

 

私たちが受け取っているのは、

知識だけではありません。

 

その人が歩んできた時間や経験、責任、

そして「これを届けたい」という思いにも触れさせてもらっているのだと思います。

 

 

だから私は、価格とは「儲けたい金額」だけではなく、

その人が積み重ねてきた価値や責任の結晶でもあるのだと感じています。

 

 

 

もちろん、高額だから必ず価値があるとは言えません。

 

安いから価値がないとも言えません。

 

 

大切なのは、

その価格の背景にあるものを見ることです。

 

 

そして、その背景を知ろうとする姿勢には、

一つの言葉がぴったり当てはまることに気づきました。

 

 

それが「敬意」です。

 

 

価格を見るのではなく、

その価値を生み出した人へ敬意を向ける。

 

 

そうすると、
「高い」「安い」という見方だけでは見えなかった世界が、
少しずつ見えてくるように思います。







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価格とは、価値を届け続けるための約束




 

サービスを提供する側になると、

多くの人が価格設定で悩みます。

 

 

「こんなにいただいていいのかな。」

 

「申し訳ない。」

 

 

そんな気持ちになることもあるでしょう。

 

 

 

私も以前はそうでした。

 

 

でも、あるとき気づいたのです。

 

 

 

価格とは、

自分の価値を証明するための数字ではないということに。

 

 

価格とは、

これからも誠実に価値を届け続けるための土台です。

 

 

 

学びを続けること。

 

受講生と真剣に向き合うこと。

 

責任を持ってサポートすること。

 

 

そのためには、

無理なく続けられる価格であることも大切です。

 

 

だから、「高いから悪い」「安いから良い」

という話ではありません。

 

 

 

本当に大切なのは、

その価格が提供する価値や責任と調和しているかどうかです。

 

 

価格とは、

単なる数字ではありません。

 

 

そこには、経験、責任、覚悟、

そして受講してくださる方への誠実さが込められています。

 

 

 

価格とは、提供する人と受け取る人が、
お互いに安心して価値を交換するための約束なのだと、私は思っています。








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価格には、その人の人生が詰まっている




 

ある先生が一つの技術を身につけるまでに、

20年かかったとします。

 

 

たくさんの本を読み、失敗を繰り返し、

多くの人と向き合い、何度も試行錯誤を重ねて、

 

一つの体系を作り上げました。

 

 

 

その先生から学ぶ受講生は、

その20年を20年かけて体験する必要はありません。

 

 

数か月で、その本質を学ぶことができます。

 

 

 

これは単なる時間の短縮ではありません。

 

先生が迷った道、つまずいた場所、遠回りした経験まで

含めて受け取れるということです。

 

 

 

「ここは多くの人がつまずきます。」

 

「私はここで失敗しました。」

 

「この順番で学ぶと理解しやすいですよ。」

 

 

 

そんな言葉には、

経験から生まれた知恵が詰まっています。

 

 

 

だから講座とは、

単に知識を買うものではありません。

 

その人が積み重ねてきた経験や学び、

試行錯誤という人生の結晶に触れさせてもらうものでもあるのです。

 

 

もちろん、高額だから必ず価値があるとは言えませんし、

安いから価値がないとも言えません。

 

 

 

大切なのは価格ではなく、
その価格にどのような経験や責任、思いが込められているのかということなのです。







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「高い・安い」で価値は決まるの?




 

私たちは何かを購入するとき、

つい「高い」「安い」という価格に目が向きがちです。

 

 

そして、

「安いからお得」「高いからぼったくり」「高いから価値がある」と、

無意識のうちに判断してしまうこともあります。

 

 

 

 

でも、本当に価格だけで価値は決まるのでしょうか。

 

 

 

 

例えば、1,000円カットと、10,000円の美容室。

 

どちらも髪を切るという目的は同じです。

 

 

 

けれど、技術や経験、接客、お店の空間、かける時間、設備、アフターケアなど、

その中身は大きく異なることがあります。

 

 

 

つまり、価格は

「髪を切る」という行為だけに付いているものではありません。

 

 

そのサービス全体に対して付けられているものなのです。

 

 

 

ヒーリングやセラピー、占い、コンサルティングなども同じです。

 

 

一見すると同じように見えるサービスでも、

その背景には、それぞれ違った経験や学び、責任があります。

 

 

だからこそ、

「高い」「安い」という数字だけでは、

本当の価値は見えてきません。

 

 

価格を見るときに大切なのは、

数字ではなく、その数字の奥にあるものを見ること。

 

それが、本当の価値を見る第一歩なのだと思います。







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人生の正解は、外側にはない



 

「これで合っているのだろうか…」

 

「この選択で大丈夫なのだろうか…」



 

私たちは不安になると、

誰かに正解を教えてもらいたくなることがあります。

 

 

 

もちろん、迷ったときに

人の意見を聞くことは悪いことではありません。

 

 

私自身も、信頼できる人の考えに触れることで、

新しい視点をもらえることがあります。

 

 

 

でも、最近改めて感じたことがあります。

 

 

 

 

それは、

 

人生の正解は、

自分以外の誰かが持っているものではない。

 

ということです。

 

 

 

もし人生に一つだけの正解があるのなら、

誰も迷わず、誰も悩まずに生きられるでしょう。

 

 

 

でも実際は違います。

 

 

 

同じ出来事でも、

人によって感じ方も、大切にしたいものも違います。

 

 

 

だからこそ、本当の意味での答えは、

自分の内側にしかありません。

 

 

 

大切なのは、

 

「どれが正解だろう。」

 

と探し続けることではなく、

 

 

 

「私はこれを選びたい。」

 

と、自分で選ぶこと。

 

 

 

そして、その選択を自分自身で育てていくことです。

 

 

 

選んだ道を正解にしていくのは、

自分自身の行動であり、経験であり、積み重ねです。

 

 

 

時には思ったような結果にならないこともあるでしょう。

 

 

 

でも、それも失敗ではありません。

 

 

 

 

「この経験から何を学べるだろう。」

 

そう問いかけながら歩んでいくことで、

その選択は少しずつ自分らしいものへと育っていきます。

 

 

 

だから私は、人生に必要なのは、

「間違えないこと」ではなく、

 

自分で選び、

自分で育てていく勇気なのだと思います。

 

 

 

 

誰かの正解を生きる人生ではなく、

 

自分で選び、自分で育てた人生。

 

 

 

その積み重ねが、自分を信じる力になり、

自分と仲良くなることにつながっていくのではないでしょうか。

 

 

 

人生の正解は、探すものではありません。

 

自分で選び、自分で育てていくもの。

 

 

 

私は、そんな生き方を
これからも大切にしていきたいと思っています。






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「自分探しの旅」ではなく、「自分を知る旅」



 

 

少し前までは、

「自分探しの旅」という言葉をよく耳にしていました。

 

 

 

私もその言葉を聞いたことはありましたが、

その頃は正直、

意味がよく分かりませんでした。

 

その後、「自分探しなんてしなくていい」

という考え方も知りました。

 

 

 

どちらの意味も、

当時の私にはよく理解できませんでした。

 

 

 

でも最近、

自分自身と向き合う時間を重ねる中で、

ふと一つのことに氣づきました。

 

 

 

「自分探し」という言葉は、

少し不思議な表現なのかもしれない。

 

 

 

なぜなら、

自分はどこかにいなくなったわけではないからです。

 

 

 

私はずっと、ここにいます。

 

 

 

探す必要があるのではなく、

 

知ることが大切なのではないか。

 

 

 

そう思ったのです。

 

 

 

自分はどんなことを嬉しいと感じるのか。

 

どんなことが悲しいのか。

 

何を大切にしたいのか。

 

何を怖いと感じるのか。

 

何を幸せだと思うのか。

 

 

そうやって、一つひとつ自分を知っていく。

 

 

 

私は、それこそが

「自分と仲良くなる」ということなのだと思っています。

 

 

 

 

 

そして、もう一つ氣づいたことがあります。

 

 

 

「自分探し」という言葉には、どこか、

 

「もっと素敵な自分」

 

「もっと輝いている自分」

 

「本当の自分はもっとキラキラしているはず」

 

 

 

そんなイメージが重なっていることがあるように感じます。

 

 

 

 

 

でも、本当の自分は、

美しい一面だけではありません。

 

 

怒る日もあります。

 

嫉妬する日もあります。

 

悲しくて泣く日もあります。

 

誰にも言えないような言葉が心に浮かぶ日もあります。

 

 

 

 

でも、それも全部、

自分の心から生まれた大切な氣持ちです。

 

 

 

だから、

 

「こんな自分はダメ。」

 

と否定する必要はありません。

 

 

 

「そう感じていたんだね。」

 

と、まず理解してあげること。

 

 

 

私は、その方がずっと自然で、

優しい向き合い方だと思います。

 

 

 

自分を知るということは、

 

綺麗な自分だけを見つけることではありません。

 

 

 

いろいろな自分に出会い、

 

その一人ひとりを理解していくことです。

 

 

 

そうして少しずつ、

 

自分が自分の一番の理解者になっていく。

 

 

そして、自分が自分の一番の味方になっていく。

 

 

 

 

私は、それが

「自分と仲良くなる」ということなのだと思っています。

 

 

 

 

人生は、自分探しの旅ではありません。

 

 

 

自分を知り、理解し続ける旅。



 

私は、これからもそんな旅を、
一歩ずつ歩いていきたいと思っています。







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「これが私の哲学なんだ。」

そう気づいた日



 

最近、自己対話を重ねる中で、

不思議な感覚がありました。

 

新しい知識を学んでいるというよりも、

自分の中にあった思いが、

一つひとつ言葉になっていく感覚です。

 

 

最初は、「自分と仲良くなる」

という言葉が好きだなというところから始まりました。

 

 

でも、対話を重ねるたびに、

その言葉の奥にあるものが少しずつ見えてきたのです。

 

 

 

自分と仲良くなるとは何だろう。

 

自分を好きになることなのかな。

 

自己信頼とは何だろう。

 

 

そんな問いを繰り返していくうちに、

私の中で一本の線がつながりました。

 

 

 

自分と仲良くなるとは、

 

自分を好きになることではなく、

 

自分を知り続けること。

 

 

そして、自分を評価することをやめ、

 

どんな自分も理解しようとすること。

 

 

 

 

傷ついた自分も、

 

悲しんでいる自分も、

 

怒っている自分も、

 

 

「そう感じていたんだね。」

 

と寄り添ってあげること。

 

 

 

そうして少しずつ、

 

自分が自分の一番の理解者になっていく。

 

 

 

そして、

 

自分が自分の一番の味方になっていく。

 

私は、この流れこそが

「自己信頼」なのだと思うようになりました。

 

以前の私は、

「自分を好きになること」がゴールだと思っていました。

 

 

 

でも今は違います。

 

好きになることを目標にする必要はない。

 

 

 

理解し続け、寄り添い続けていたら、

氣づけば自然と

 

「私は私でいい」と思えるようになる。

 

 

 

それが、本当の意味で

自分を大切にすることなのだと感じています。

 

 

そして、もう一つ大きな氣づきがありました。

 

 

どんなに素晴らしいヒーラーやセラピスト、

カウンセラー、コーチ、メンターがいたとしても、

その人の人生を代わりに歩くことはできません。

 

 

一緒に歩くことはできます。

 

立ち止まったときに隣に座ることもできます。

 

背中を押すこともできます。

 

 

でも、最終的に自分に寄り添い、自分に向き合い、

自分の人生を歩いていくのは、自分しかできません。

 

 

 

 

それは、自分の心の奥にある、

本当の思いや言葉にならない感情を、一番知っているのが自分だからです。

 

 

 

第三者は、一番近い理解者になることはできます。

 

でも、100%の理解者にはなれません。

 

 

 

100%理解できる存在になれるのは、自分自身だけです。

 

だからこそ、自分と仲良くなることが大切なのだと思います。

 

 

 

 

最近、私はふと思いました。

 

「ああ、これが私の哲学なんだ。」

 

 

 

哲学というと難しく聞こえるかもしれません。

 

でも、私にとって哲学とは、

自分がどんな世界を見て、どんな人でありたいと思い、

どんなふうに人と関わっていきたいのかという、生き方そのものです。

 

 

 

私は、人を変えたいわけではありません。

 

誰かの人生を代わりに歩きたいわけでもありません。

 

 

 

その人が、自分自身と出会い、

自分の一番の理解者となり、

一番の味方となって、

自分らしい人生を歩いていけるようになる。

 

 

 

 

そのきっかけを届けられる人でありたい。

 

 

 

それが、今の私が大切にしたい世界観です。

 

 

 

そして、これからも、
この「自分と仲良くなる」という哲学を、
一つひとつ言葉にしながら、
必要としてくださる方へ届けていきたいと思っています。






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どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



一緒に歩くことはできる。

でも、自分の人生を歩くのは自分。




 

「人を幸せにしたい。」

 

ヒーラーやセラピスト、カウンセラー、コーチ、メンター。

 

人を支える仕事をしていると、誰もが一度はそんな思いを抱くのではないでしょうか。

 

 

 

私自身も、これまでたくさんの方の悩みに寄り添わせていただきました。

 

 

でも、今回改めて気づいたことがあります。

 

 

 

 

それは、

 

どんなに優れたヒーラーやセラピストでも、

その人の人生を代わりに生きることはできない。

 

ということです。

 

 

 

 

私たちは、一緒に歩くことはできます。

 

 

 

立ち止まってしまったときには隣に座ることもできます。

 

転びそうになったら手を差し伸べることもできます。

 

「大丈夫だよ」と声をかけることもできます。

 

 

でも、その人の代わりに歩くことはできません。

 

 

 

 

人生の一歩を踏み出すのも、自分。

 

傷ついた自分に寄り添うのも、自分。

 

自分を許すのも、自分。

 

そして、自分の人生を生きるのも、自分です。

 

 

 

 

 

だから私は、「支える」ということの意味を改めて考えました。

 

 

 

私の役割は、その人を変えることではありません。

 

その人の代わりに問題を解決することでもありません。

 

 

私の役割は、

 

その人が、自分自身と出会うきっかけを届けること。

 

 

そして、

 

「あなたには、自分の人生を歩く力がありますよ。」

 

そう信じ続けることです。

 

 

 

人は苦しいとき、誰かに答えを求めたくなります。

 

「どうしたらいいですか?」

 

「私は何を選べばいいですか?」

 

 

そう聞きたくなる気持ちは、

とても自然なことです。

 

 

 

 

でも、本当に人生が変わる瞬間というのは、

誰かから答えをもらったときではありません。

 

 

自分の心の声に気づき、

 

「私は本当はこう感じていたんだ。」

 

「私はこれを大切にしたかったんだ。」

 

そう、自分自身と出会えたときです。

 

 

 

だから私は、「自分と仲良くなる」

ということを大切にしています。

 

自分と仲良くなるとは、自分を変えることではありません。

 

自分を評価することでもありません。

 

自分を好きになろうと努力することでもありません。

 

 

 

ただ、自分を知り続けること。

 

 

 

傷ついた自分も、

 

悲しんでいる自分も、

 

怒っている自分も、

 

悔しがっている自分も、

 

 

「そう感じていたんだね。」

 

と見捨てずに寄り添ってあげることです。

 

 

 

 

そうして少しずつ、

自分との信頼関係が育っていきます。

 

 

 

そしてある日、

自然とこんな問いが生まれます。

 

 

「じゃあ、私はこれからどう生きていこう。」

 

 

 

 

私は、この問いが生まれたときから、

本当の意味で人生は動き始めるのだと思っています。

 

 

 

だから私は、これからも

誰かの人生を代わりに歩く人ではなく、

 

その人が自分の足で歩き始めるための、

きっかけを届ける人でありたい。

 

苦しいときには隣で一緒に歩き、

 

少し元氣が戻ってきたら、

 

「あなたなら大丈夫。」

 

 

 

そう信じて、

静かに見守れる人でありたいと思っています。

 

それが、今の私にとっての
「サポート」の意味です。






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「間違えたら終わり」と思って生きてきた私

 

 

前回の記事では、

 

「いい子でいれば愛される。」

 

そんな子どもの頃のルールが、

大人になっても無意識に続いていたことについて書きました。

 

 

今回は、その続きを書いてみたいと思います。

 

 

 

 

私は長い間、「間違えること」が

とても怖い人間でした。

 

人前で間違ったことを言ってしまうこと。

 

先生や目上の人に注意されること。

 

叱られること。

 

誰かと意見がぶつかること。

 

そんなことが起きるだけで、

心臓が苦しくなるような感覚がありました。

 

 

 

でも今振り返ると、

本当に怖かったのは「間違い」そのものではありませんでした。

 

 

 

 

 

私が恐れていたもの

 

 

私の心の中では、

 

間違えることは、

 

ただの失敗ではありませんでした。

 

 

間違える

注意される

嫌われる

見放される

自分には価値がない

 

 

そんな流れになっていたのです。

 

 

 

だから私は、いつも正解を探していました。

 

「これで合っているかな。」

 

「怒られないかな。」

 

「変なことを言っていないかな。」

 

 

そんなことばかり考えていました。

 

 

 

 

「失敗」ではなく「失格」

 

 

今になって気づいたことがあります。

 

 

私は、

 

「間違えること」

 

を恐れていたのではなく、

 

 

「失格になること」

 

を恐れていたのです。

 

 

 

一度でも怒られたら終わり。

 

一度でも嫌われたら終わり。

 

一度でも失敗したら終わり。

 

 

そんな極端なルールを、

自分でも気づかないまま信じていました。

 

だから、先生や権威のある人は、

とても怖い存在でした。

 

その人たちは、私を評価する人ではなく、

 

 

まるで人生の合否を決める

審判のような存在に感じていたのです。

 

 

 

 

「私はダメな人間」という思い込み

 

 

その根底には、

 

「私は不完全な人間だ。」

 

「私は人より劣っている。」

 

そんな思い込みもありました。

 

 

 

だからこそ、

 

周りの人のほうが正しい。

 

周りの人のほうが立派。

 

自分は間違えないようにしなければならない。

 

そう思い続けていました。

 

 

 

でも、本来、人は誰でも間違えます。

 

間違えることは、人として自然なことです。

 

 

 

自己信頼とは、間違えないことではない

 

最近になって、

私は少しずつ考え方が変わってきました。

 

 

 

自己信頼とは、

 

「私は完璧だ。」

 

と思うことではありません。

 

 

そうではなく、

 

「私は間違えることもある。でも、それで私の価値がなくなるわけではない。」

 

そう思えることなのだと感じています。

 

 

 

間違えたら学べばいい。

 

気づいたら謝ればいい。

 

必要なら、もう一度関係を築いていけばいい。

 

そんなふうに考えられるようになると、

 

 

「間違えてはいけない。」

 

という恐怖は、

少しずつ小さくなっていくのかもしれません。

 

 

 

 

誠実さとは何だろう



 

私は最近、「誠実さ」という言葉をとても大切にしています。

 

以前は、

 

誠実な人とは、

 

間違えない人。

 

失敗しない人。

 

そんなイメージがどこかにありました。

 

 

 

でも今は違います。

 

誠実な人とは、

 

間違えたら認める人。

 

必要なら謝れる人。

 

 

そして、そこからまた信頼を積み重ねようとする人。

 

そんな人なのではないかと思います。

 

 

 

人は、一度の失敗で価値を失うわけではありません。

 

 

私自身も、少しずつ
そのことを学び始めています。







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「いい子でいれば愛される」は、

本当に幸せな教えだったのだろうか



 

私たちは子どもの頃から、

こんな言葉を何度も耳にして育ちます。

 

 

「いい子にしなさい。」

「おとなしくしなさい。」

「みんなと仲良くしなさい。」

「嫌われないようにしなさい。」

 

 

 

もちろん、これらの言葉には、

子どもを守りたいという親や先生の願いが込められていることもあります。

 

 

集団生活では協力することも大切ですし、

交通ルールを守ること、人を傷つけないことも、

社会で生きていく上では欠かせません。

 

 

 

しかし、大人になって人間関係に悩む人を見ていると、

私はあることを感じます。

 

 

 

それは、

 

 

「いい子でいればうまくいく」というルールを、

そのまま大人になっても信じ続けている人が、とても多いのではないか。

 

ということです。

 

 

 

子どもにとっては、生きるためのルールだった

 

子どもは親に守られながら生きています。

 

 

 

だからこそ、

 

「親に嫌われないこと」

「怒られないこと」

「いい子でいること」

 

は、安心して生きるための大切な方法になります。

 

 

 

その環境では確かに役立つルールだったのでしょう。

 

 

でも、そのルールは、

そのまま社会でも通用するとは限りません。

 

 

恋愛でも仕事でも、

 

「嫌だけど笑顔で受け入れる。」

「本当は断りたいけれど、嫌われたくないから断れない。」

 

 

そんな状態では、

自分自身がどんどん苦しくなってしまいます。

 

 

 

 

教えるなら「理由」が必要

 

 

私は、子どもにルールを教えること自体が悪いとは思いません。

 

ただ、一つだけ、

とても大切なことがあります。

 

 

 

それは、

 

「なぜ、そのルールが必要なのか。」

 

という理由を一緒に伝えることです。

 

 

 

例えば、

 

「静かにしなさい。」

 

だけでは命令です。

 

 

でも、

 

「今は先生がお話ししているから、みんなが聞きやすいように静かにしようね。」

 

と言われれば、

 

 

子どもは「静かにすること」が目的ではなく、

人を思いやるための行動なのだと理解していきます。

 

 

理由を知ることで、

子どもは考える力を育てることができます。

 

 

 

 

「嫌」と言ってもいいことも教えてほしい

 

 

一方で、私たちはあまり教えられなかったことがあります。

 

それは、

 

「嫌なことは、嫌と言っていい。」

 

ということです。

 

 

 

協力することは大切。

 

でも、それと同じくらい、

 

自分の気持ちを大切にすることも大切です。

 

 

「嫌だから断る。」

 

「納得できないから理由を聞く。」

 

「自分の考えを伝える。」

 

 

こうしたことは、わがままではありません。

 

 

 

社会の中で、

自分らしく生きていくために必要な力です。

 

 

 

 

「言うことを聞く子」ではなく、「考えられる子」へ

 

昔は、

 

「見て覚えなさい。」

「黙って言うことを聞きなさい。」

 

という教育が多かった時代もありました。

 

 

 

もちろん、その時代背景には、

それぞれの事情があったのでしょう。

 

 

 

でも、これからの時代は、

 

「なぜそうするのか。」

 

を一緒に考えられる教育のほうが、

人との違いを受け入れ、

自分の意見も持てる大人を育てるのではないかと思います。

 

 

 

「いい子」でいることよりも、

 

「考えられる子」であること。

 

「嫌われないこと」よりも、

 

「自分も相手も大切にできること」。

 

 

 

そんな教育が、
これからもっと広がっていったらいいなと思います。






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人生は、苦しみを避けるためだけのものではない



 

私はこれまで、

 

人生とは大変なもの。

 

苦しみがあるもの。

 

 

そんな感覚を、

どこか当たり前のように持っていました。

 

 

 

もちろん、生きていれば悲しいこともあります。

 

思い通りにならないこともあります。

 

だから、「人生には苦しみがある」という言葉は、

決して間違いではないと思います。

 

 

 

でも、ある時ふと気づきました。

 

 

 

私はいつの間にか、

 

「苦しみを避けること」

 

を人生の目的のように考えていたのではないか、と。

 

 

 

嫌われないように。

 

損をしないように。

 

失敗しないように。

 

後悔しないように。

 

 

 

そんなふうに、「避けること」を基準に生きていると、

人生は少しずつ窮屈になっていきます。

 

 

 

でも、本当は違うのかもしれません。

 

 

 

人生は、

 

苦しみを避けるためだけにあるのではなく、

 

喜びを育てるためにもある。

 

 

 

私は今、そんなふうに感じています。

 

 

 

好きなことに時間を使う。

 

心から笑える人と過ごす。

 

自分の本音を大切にする。

 

新しいことを知って、「面白い」と感じる。

 

 

そんな時間もまた、人生そのものです。

 

 

 

だから最近、私は「正しい答え」を探すことよりも、

 

 

「私はどう感じるだろう。」

 

「私は何を大切にしたいだろう。」

 

そんな問いを持つようになりました。

 

 

 

その問いには、

正解も不正解もありません。

 

 

でも、その問いを持ち続けることで、

少しずつ「自分だけの人生」が見えてくるような気がしています。

 

もし、このブログを読んでくださった方が、

 

「そういえば私は、本当はどう思っているんだろう。」

 

そんなふうに、一度だけでも

自分に問いかける時間を持ってくださったなら、

とても嬉しく思います。

 

 

 

人生は、誰かの答えを生きるものではありません。

 

 

 

自分の心に耳を傾けながら、
自分だけの答えを見つけていく旅なのだと、
私は今、感じています。






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「教えられたこと」は、本当に今の私にも必要だろうか

 

 

 

私たちは子どもの頃から、

本当にたくさんのことを教わります。

 

「我慢しなさい。」

 

「最後までやりなさい。」

 

「もったいない。」

 

「嫌われないようにしなさい。」

 

「チャンスは逃してはいけない。」

 

 

 

どれも、きっと

悪気があって伝えられた言葉ではありません。

 

親も先生も、その時代、その環境の中で、

「この方が生きやすい」と信じて教えてくれたのでしょう。

 

 

だから私は、そのこと自体を

否定したいわけではありません。

 

 

 

でも、大人になった今、ふと思うのです。

 

「その教えは、本当に今の私にも必要なのだろうか。」

 

 

 

子どもの頃は、

「教えられたこと=正しいこと」でした。

 

 

でも、大人になった私たちには、

自分で考え、自分で選び直す力があります。

 

 

 

だから、

 

「最後までやらなければならない。」

 

ではなく、


 

「今の私も、それを続けたいと思っているだろうか。」

 

「もったいない。」

 

ではなく、

 

 

「この時間を、本当にここへ使いたいだろうか。」

 

そんなふうに、自分へ問いかけることができるようになります。

 

 

 

私は最近、この「問い」が

とても大切なのだと感じています。

 

 

 

 

答えを誰かから教えてもらうのではなく、

 

自分の心に尋ねてみる。

 

 

その時間こそが、

自分と仲良くなる時間なのではないでしょうか。

 

 

 

人生は、教えられた答えをそのまま生きるものではなく、

 

自分自身で答えを育てていくもの。

 

そんなふうに思えるようになりました。







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「もったいない」が、本当にもったいないこともある



 

前回、「チャンスは捨ててもいい」というお話を書きました。

 

「逃したら損をする。」

 

そう思うことで、

人は焦って選択をしてしまうことがあります。

 

 

そして実は、この考え方には続きがあります。

 

 

 

それが、「サンクコスト」という考え方です。

 

サンクコストとは、

すでに使ってしまったお金や時間、労力など、

もう取り戻せないもののこと。

 

 

 

たとえば、

 

「高かったから使わなきゃ。」

 

「ここまで頑張ったから辞められない。」

 

「まだ買ったばかりだから。」

 

そんな気持ちになった経験はないでしょうか。

 

 

もちろん、物を大切にすることは素敵なことです。

 

 

 

最後まで使い切ることも、

とても大切です。

 

 

でも、それが

 

「本当はもう望んでいないものに、自分の人生を使い続ける理由」

 

になってしまうことがあります。

 

 

 

私は、それこそが

本当にもったいないことなのではないかと思っています。

 

 

なぜなら、サンクコストは「過去」の話だからです。

 

 

 

過去に使ったお金は、もう戻りません。

 

過去に費やした時間も、戻りません。

 

 

 

 

だから、本当に考えるべきなのは、

 

「これまでいくら使ったか。」

 

ではなく、

 

 

 

「これからも、この時間を使いたいと思えるか。」

 

ということではないでしょうか。

 

 

 

私たちは、「損をしたくない」という気持ちから、

好きでもないことを続けてしまうことがあります。

 

 

 

本当はもう卒業しているのに。

 

本当はもう次へ進みたいと思っているのに。

 

 

 

それでも、

 

「ここで辞めたら全部無駄になる。」

 

そんな思いが、

自分をその場につなぎ止めてしまうのです。

 

 

 

 

 

でも、本当に無駄になるのでしょうか。

 

 

 

私はそうは思いません。

 

 

その経験があったからこそ、

 

「これは違った。」

 

「私は本当に望んでいるものが分かった。」

 

 

そう気づけたのなら、

その時間は決して無駄ではありません。

 

 

 

だから、その経験から学んだなら、

もう十分なのです。

 

 

 

人生は、「元を取るゲーム」ではありません。

 

 

 

大切なのは、

 

これからの自分が、

何に時間とエネルギーを使いたいか。

 

そこに目を向けることです。

 

 

 

私は、お金を無駄にしないことよりも、

 

自分の人生を惰性で過ごしてしまうことの方が、

ずっともったいない。

 

そう感じています。

 

 

 

 

過去は変えられません。

 

 

でも、これからの時間は、

自分で選ぶことができます。

 

だから私は、こんな言葉を

自分自身にも伝えたいと思います。

 

 

「元を取ることよりも、未来を選ぼう。」

 

 

 

人生で一番大切なのは、
過去に払った代金ではなく、
これから歩いていく道なのだと思います。






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「チャンスを捨てる勇気」が人生を守る



 

「チャンスを逃したら、もう二度と来ない。」

 

そんなふうに思ってしまうことがあります。

 

でも、本当にそうでしょうか。



 

人生を振り返ると、

タイミングが合わなかった出来事や、

見送ったご縁のあとに、もっと自分に合ったものが訪れた経験は意外と多いものです。

 

 

 

だから私は、

 

 

 

チャンスとは、何でもつかむものではなく、

見極めるもの。

 

 

そう考えるようになりました。

 

 

 

 

この視点は、恋愛でも、人間関係でも、仕事でも同じです。

 

 

「もう次はないかもしれない。」

 

そう思うと、人は違和感を感じていても、

無理に契約したり、無理に付き合ったり、

無理に受け入れたりしてしまいます。

 

それは、自分で選んでいるようでいて、

本当は「損をしたくない」という気持ちに選ばされている状態なのかもしれません。

 

 

 

だからこそ、私は最近、

こんな言葉を大切にしています。

 

「チャンスは、捨ててもいい。」



 

もちろん、本当に自分が望んでいるなら、

迷わずつかめばいい。

 

でも、違和感があるなら、

一度立ち止まってもいい。

 

考える時間を持ってもいい。

 

 

「今回は見送ります。」

 

そう言える自由があってもいい。

 

 

 

私は、人生は「どれだけ多くのチャンスをつかんだか」ではなく、

 

「どれだけ自分らしい選択を積み重ねてきたか」

 

で決まっていくように感じています。

 

 

 

だから、本当に大切なのは、

 

チャンスをつかむことではなく、

 

「これは私が望む人生につながる選択なのか。」

 

そう、自分自身に問いかけること。

 

 

 

その問いを持てる人は、焦りではなく、
自分の意思で人生を選んでいけるのだと思います。




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「チャンスはつかむもの」という思い込み

 

 

 

私たちは子どもの頃から、

 

「チャンスは逃してはいけない」

「チャンスの女神には前髪しかない」

「逃がした魚は大きい」

 

そんな言葉を何度も耳にしてきました。

 

 

 

だから、「チャンスが来たら迷わずつかまなければならない」

という考えが、当たり前のように

心の中に根づいている人も少なくないと思います。

 

私もずっとそう思っていました。

 

 

 

チャンスはつかむもの。

逃したら損をするもの。

 

そう信じていたのです。

 

 

 

でも、ある日ふと、

 

「チャンスは捨ててもいいもの。」

 

そんな言葉が心に浮かびました。

 

 

 

最初は、自分でも少し驚きました。

 

「え? チャンスを捨てるなんてもったいない。」

 

そう思う自分もいました。

 

 

 

 

でも、少し考えてみると、

私たちは「チャンス」という言葉を聞いただけで、

冷静な判断を失ってしまうことがあるのではないでしょうか。

 

 

「今しかありません。」

「本日限定です。」

「残りわずかです。」

 

 

 

そんな言葉を聞くと、

 

「今決めなければ。」

「逃したら損をする。」

 

そんな気持ちになってしまいます。

 

 

 

でも、その時の私たちは、

本当に自分の心で選んでいるのでしょうか。

 

それとも、

 

「損をしたくない。」

「後悔したくない。」

 

そんな不安や恐れに背中を押されているだけなのでしょうか。

 

 

 

もし恐れから選んでいるのだとしたら、

それは「チャンスをつかんでいる」のではなく、

「焦りに選ばされている」のかもしれません。

 

 

私は最近、「チャンスは何でもつかめばいい」

というものではないと思うようになりました。

 

 

 

本当に大切なのは、

 

自分が心から望むものを選ぶこと。

 

 

 

そして、

 

望まないチャンスは、手放してもいい。

 

そんな自由を、自分自身に許してあげることなのだと思っています。







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外に出ることが大切なのではなく、心が動くことが大切

 

 

 

「家にばかりいないで外へ出よう。」

 

そんな言葉を聞くことがあります。

 

 

 

確かに、外の景色を見たり、

新しい場所へ行ったりすることで氣分転換になることはあります。

 

偶然の出会いや、新しい発見があることもあるでしょう。

 

 

でも、それは「外へ出たから」ではなく、

自分の心がその時間を楽しめていたからなのだと思います。

 

 

もし、「家にいるのは良くないから」という理由だけで外へ出ても、

氣持ちが向いていなければ、時間やお金、

そしてエネルギーを消費しただけになってしまうこともあります。

 

 

 

 

私はどちらかというと今はインドアです。

 

だからといって、外へ出ることが嫌いなわけではありません。

 

 

行きたい場所があれば行きますし、

会いたい人がいれば会いに行きます。

 

 

 

でも、「行かなければならない」と思って外へ出ることは、

今はほとんどありません。

 

 

 

むしろ、一人で過ごす時間の中で、

自分自身が満たされてくると、不思議なことが起こります。

 

 

 

「あのお店に行ってみたい。」

 

「この景色を見に行きたい。」

 

「この人に会ってみたい。」

 

そんな気持ちが自然と湧いてくるのです。

 

 

 

誰かに勧められたからではなく、

自分の内側から生まれてくる「やってみたい」という気持ちです。

 

 

 

私は、その感覚をとても大切にしています。

 

 

 

一人の時間は、

決して消極的な時間ではありません。

 

自分の感性を育て、自分の価値観を育て、

自分の心の声を聴く時間です。

 

その時間があるからこそ、

本当に会いたい人に出会えます。

 

本当に行きたい場所へ向かえます。

 

 

 

だから私は、「外へ出ること」が大切なのではなく、

 

自分の心が動くこと。

 

 

その方が、人生をずっと豊かにしてくれるように感じています。

 

無理に行動する人生よりも、

心が自然と動いたときに行動する人生。

 

私は、そんな生き方をこれからも大切にしていきたいと思っています。







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人と関わることは大切。

でも、無理に関心を持つ必要はない。

 

 

 

「人ともっと交流した方がいい。」

「コミュニケーション能力を身につけよう。」

「人に興味を持ちなさい。」

 

そんな言葉を耳にすることがあります。

 

 

もちろん、人とのコミュニケーションは人生を豊かにしてくれるものです。

誰かとの出会いによって、新しい世界が広がることもあります。

 

 

だからといって、

「人と関わること」そのものを目的にしてしまうと、

少し苦しくなってしまうことがあります。

 

 

 

私自身、一時期は

「もっと人に関心を持たなければいけない」「もっと交流しなければいけない」と思っていました。

 

 

そうしない私は、どこか劣っているのではないか。

コミュニケーション能力が低いのではないか。

 

 

そんなふうに、

自分を責めてしまった時期もありました。

 

 

 

でも、ある時氣づいたのです。

 

人は、本当に興味を持ったものには、

誰に言われなくても自然と近づいていくということに。

 

 

 

「この人の考え方をもっと知りたい。」

「この話をもっと聞いてみたい。」

「この趣味を始めてみたい。」

 

そんな気持ちが生まれると、人は自然に質問をします。

 

自然に会いたくなります。

 

自然に話を聞きたくなります。

 

 

そこには、「コミュニケーションを頑張ろう」という努力はほとんどありません。

 

 

 

 

一方で、興味もないのに「質問しなきゃ」「話しかけなきゃ」と思って関わると、

会話はどこか表面的になり、お互いに深い満足感は得られにくいように感じます。

 

 

私は、人との関わりとは「作るもの」ではなく、

「生まれるもの」なのではないかと思っています。

 

 

自分自身を大切にしていると、ある日ふと、

 

「この人と話してみたい。」

 

そんな氣持ちが自然と湧いてきます。

 

 

 

そして、その関わりは無理をして作った関係よりも、

ずっと心地よく、長く続いていくことが多いように感じています。

 

 

 

だから私は、「人と関わることは大切」という言葉よりも、

 

 

「興味を持ったものを大切にする。」

 

その方が、結果として自然で
豊かなコミュニケーションにつながるのではないかと思っています。







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傷つくことは悪いこと?




 

「そんなことで傷つくなんて弱い。」

 

 

 

いつの頃からか、そんな言葉をどこかで聞いたり、

自分自身に向けたりしてしまうことがあります。

 

 

 

私自身も、これまで

「傷つく」という言葉をあまり使ってきませんでした。

 

傷つくということは、

どこか弱さを表しているような氣がしていたからです。



 

 

また、「傷つくことを自分に許可しているから傷つく」

という考え方を知ったこともあり、


「本当にそうなのだろうか」と、

ずっと心のどこかで考えていました。

 

 

でも、最近ある出来事を通して、

一つのことに氣づきました。

 

 

 

それは、人はそんなに簡単に

傷つくものではない、ということです。

 

 

本当に傷つく時というのは、

自分でも思っていなかったところに触れられた時。

 

 

 

大切にしていたもの。

信じていたもの。

守りたかったもの。

 

 

 

そこに思いがけず触れられた時、

人は初めて「傷ついた」と感じるのではないでしょうか。

 

 

 

だから、傷つくことは

弱いからではありません。



 

それだけ大切にしていたものがあったということなのです。

 

 

 

 

 

 

本当につらいのは「二度目の傷」

 

 

 

そして、もっとつらいことがあります。

 

誰かとの出来事で傷ついたあと、

 

「そんなことで傷つくなんて情けない。」

「こんな私は弱い。」

「気にする私がおかしい。」

 

 

そんなふうに、

自分で自分を責めてしまうことです。

 

 

 

私は、この二度目の傷の方が、

人を苦しめることが多いように感じています。

 

最初の傷は、

相手との出来事。

 

 

でも、二度目の傷は、

自分が自分につけてしまう傷です。

 

 

 

傷ついたことよりも、

傷ついた自分を否定することの方が、

心には深く残ることがあります。

 

 

 

 

 

傷ついた自分を置き去りにしない

 

 

 

だから私は、傷ついた時に一番大切なのは、

 

「そんなことで傷つくなんて。」

 

ではなく、

 

 

「そうか、私は傷ついたんだね。」

 

と、自分に声をかけてあげることだと思います。

 

 

 

「それだけ大切だったんだね。」

 

「悲しかったんだね。」

 

「悔しかったんだね。」

 

 

そうやって、

自分の本当の気持ちを受け止めてあげること。

 

 

その時間こそ、

自分と仲良くなる時間なのだと思います。

 

 

 

 

 

 

自分と仲良くなるとは

 

 

 

私はこれまで、「自分と仲良くなる」

という言葉を大切にしてきました。

 

以前は、「自分を好きになること」だと

思っていた部分もありました。

 

 

でも今は少し違います。

 

自分と仲良くなるとは、

 

自分を無理に好きになろうとすることではありません。

 

 

 

どんな自分が現れても、

 

「そう感じているんだね。」

 

と、そのまま受け止められる関係になることです。

 

 

 

怒っている自分も、

 

悲しんでいる自分も、

 

不安な自分も、

 

そして傷ついた自分も、

 

 

全部、自分の大切な一部です。

 

 

 

 

 

傷つくことは悪いことではない

 

傷つくことは、決して悪いことではありません。

 

傷つくということは、

 

あなたの心が動いたということ。

 

あなたが誰かを大切に思っていたということ。

 

あなたに大切な価値観があったということです。

 

 

 

だから、

傷ついた自分を責めなくていい。

 

否定しなくていい。

 

置き去りにしなくていい。

 

 

 

そっと寄り添ってあげてください。

 

その瞬間から、

人は少しずつ自分を知り始めます。

 

 

そして、自分を知ることが、

 

本当の意味で「自分と仲良くなる」ことに
つながっていくのだと、
私は感じています。





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「氣を使うこと」が、本当の優しさだと思っていた

 

 

 

私は長い間、「氣を使うこと」は

良いことだと思っていました。

 

 

相手を不快にさせないように。

 

嫌な思いをさせないように。

 

失礼がないように。

 

 

そうやって相手のことを考えて接することが、

大人として当たり前であり、

思いやりなのだと思っていたのです。

 

 

 

でも、今回、

自分の中で大きな気づきがありました。

 

 

 

それは、

 

「私は氣を使っていたのではなく、自分の本音を隠していただけなのかもしれない。」

 

ということです。

 

 

 

もちろん、相手への配慮は大切です。

 

でも、私の場合は、その配慮の奥に、

 

「嫌われたくない。」

 

「怒らせたくない。」

 

「関係を失いたくない。」

 

そんな氣持ちがありました。

 

 

 

だから、自分がどう感じているかよりも、

 

「相手がどう思うだろう。」

 

を優先していたのです。

 

 

 

その結果、本音を言わず、

建前で人と接することが増えていました。

 

私はこれまで、

人との関係では誠実さをとても大切にしてきました。

 

だからこそ今回、ふと思ったのです。

 

 

 

「私は相手に誠実さを求めていたけれど、私は本当の自分を見せていただろうか。」

 

もちろん、

嘘をついていたわけではありません。

 

相手をだましていたわけでもありません。

 

 

でも、本音を飲み込み、

本当の気持ちを隠しながら接していたのだとしたら、

相手は「ありのままの私」と関わることはできません。

 

それは、お互いにとって

少し寂しいことだったのかもしれません。

 

 

今回の氣づきで、

「気を使うこと」と「誠実であること」は、

必ずしも同じではないのだと感じました。

 

 

本当の誠実さとは、

相手を傷つけることではなく、

自分の本音や気持ちも大切にしながら向き合うことなのかもしれません。

 

 

これからは、相手への思いやりも大切にしながら、

自分自身にも誠実でいたい。

 

 

そんな関わり方を少しずつ育てていきたいと思います。

 

本当の信頼関係は、

「嫌われないように作るもの」ではなく、

「ありのままの自分で育てていくもの」。

 

今回の氣づきは、
私にそのことを教えてくれました。





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「嫌われてはいけない」というルールを疑ってみた日

 

 

 

 

今日、自分の中で一つの大きな気づきがありました。

 

 

私はこれまで、人と接するとき、

特に恋愛では「嫌われたくない」という気持ちが強くありました。

 

 

 

嫌われたらどうなるのだろう。

 

そう自分に問いかけてみると、

一番最初に出てきた答えは、

 

「その人と連絡が取れなくなる。」

「もう会えなくなる。」

「つながりがなくなってしまう。」

 

ということでした。

 

 

つまり、私が本当に怖かったのは、

「嫌われること」そのものではなく、

大切な人とのつながりを失い、寂しくなることだったのです。

 

 

 

だから私は、嫌われないように、

相手を怒らせないように、気分を悪くさせないように、

自分の本音を飲み込みながら人と接していました。

 

 

 

でも、そこでふと疑問が湧きました。

 

「なぜ私は、ここまで嫌われることを恐れているのだろう。」

 

 

考えていくうちに、

さらに大きな気づきがありました。

 

 

私はいつの間にか、

 

「自分はそのままだと嫌われるかもしれない。」

 

という前提で人と接していたのです。

 

 

 

だから失礼がないように。

 

だから嫌われないように。

 

だから本音を言わないように。

 

 

そうやって自分を守ろうとしていました。

 

 

 

でも、それは裏を返せば、

 

「ありのままの私は受け入れてもらえない。」

 

という思い込みを持っていたということでもありました。

 

 

 

さらに考えていくと、

もう一つのことにも気づきました。

 

「嫌われてはいけない。」

 

私は、このルールを一度も疑ったことがありませんでした。

 

 

なぜなら、小さい頃から、

 

「みんなと仲良くしなさい。」

「迷惑をかけてはいけません。」

「いい子でいましょう。」

 

そんな言葉を自然に受け取り、

 

「そういうものなんだ。」

 

と思って育ってきたからです。

 

 

 

そこには「なぜ?」という問いはありませんでした。

 

「決まりだから。」

「ルールだから。」

 

そう言われれば、

それ以上考えずに受け入れてしまう。

 

子どもの頃は、それが当たり前だったのです。

 

 

 

でも今、改めて

自分に問いかけてみました。

 

「本当に嫌われることは、そんなに悪いことなのだろうか。」

 

 

もし、本音で向き合って、

それで離れていく人がいるのなら、

それはただ相性が合わなかっただけかもしれません。

 

相手が悪いわけでも、自分が悪いわけでもない。

 

 

 

ただ、ご縁や価値観が違っていただけ。

 

 

そう考えたとき、

不思議と心が少し軽くなりました。

 

 

 

そして最後に気づいたことがあります。

 

今まで私は、

「嫌われないように」と思いながら生きてきました。

 

 

 

でも、本当に大切なのは、

 

「嫌われないこと」ではなく、

「本当の自分で人と向き合えること」

 

なのかもしれません。

 

 

 

これから実際に人と関わる中で、

どんな変化が起こるかはまだ分かりません。

 

それでも、今日一つだけ

確かに感じたことがあります。

 

人と接するときにあった、

あの張りつめた緊張感や恐れが、

少し和らいでいる自分がいました。

 

 

もしかすると、私が変わったのではなく、

 

ずっと信じ続けてきた「当たり前」を、

初めて自分自身で見直すことができたからなのかもしれません。

 

 

人生は、「こういうものだから」と思い込んでいることを、
一つひとつ見つめ直すことで、
少しずつ自由になっていくのだと感じています。





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氣がつけば、7月ですね。

暑い日もあれば涼しく過ごせる日もあるのが
わたしが住んでいる山形です。

それでも先月は、肌寒くて
電氣ヒーターをつけた日があった事には
少し驚きました。



さて、7月ということは
一年の折り返し地点ですね。

ほんの少し前に信念を迎えたのに、
もう一年の半分を過ぎました。



時間は刻々と進んでいきます。

その中で、どう過ごすかが大事だと
常に思っています。



自分の心の声を聞いているか?

自分の夢や目標を持って
意識して過ごしているか?

頑張りすぎず
しっかり休むという
ON・OFFをちゃんとできているか?



わたしはまず、そうした
自分を喜ばせる生き方をしているかが
大事だと思っています。


それが満たされた上で
溢れているエネルギーがあれば
それを使って人に貢献する。

それが充実した人生なのではないかと思っています。



わたしは今年は特に
自分に注目して、自分を大切にする一年にしたいと思っています。


それは、何に置いても
自分の心と体が整っていて始めて

やりたい事ができて、夢も実現する力が湧き
人のための活動もできるからです。




そして、これまでの人生経験から
改めて感じた事がありました。


それが、


自分自身を疎かにすると
幸せにはなれないということです。




自分自身を大切にするとか言いますが、
実際にどんな風に自分を扱えば良いのかわからない。

かつてのわたしもそうでした。



スイーツや旅行をプレゼントするというのも良いですが、

一番の自分を大切にするということは、
自分に優しくして、本音本心を聞いて叶えてあげること。
つまり、仲良くする事だと氣づきました。



自分を無理に好きにならなくてもいいんです。


ただ、自分という人間を知るということ。

興味を持って、
自分に話しかけてみる。



それが自分を大切にする一歩であり、
自分と仲良くなる事だと感じています。







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自分と仲良くなるとは、

自分を好きになることではなく、

自分を知ること

 

 

 

「自分のことが嫌いなんです。」

 

セッションでも、本当によく耳にする言葉です。

 

でも私は、その言葉を聞くたびに、

「本当にそうなのかな?」

と感じます。

 

少しだけ、自分に問いかけてみてください。

 

「私は、本当に自分が嫌い?」

 

すると、多くの場合、

本当に嫌いなのは自分ではなく、

 

うまくできなかった出来事や、その時の状態だったりします。

 

 

 

例えば、

 

「失敗してしまった。」

 

その時、

「私はダメだ。」

「こんな自分は嫌い。」

 

そう思ってしまうことがあります。

 

でも、本当の気持ちは違うのではないでしょうか。

 

「悔しかった。」

「悲しかった。」

「うまくできなくて苦しかった。」

「本当はできるようになりたかった。」

 

そんな気持ちが、心の奥にありませんか?

 

 

 

つまり、

 

嫌いなのは自分ではなく、

 

できなかったという出来事に対する悲しさや悔しさ。

 

そこを見ないようにするために、

 

「私は自分が嫌い。」

 

というラベルを貼ってしまっていることがあります。

 

 

 

反対に、

 

「今日はうまくできた!」

 

そんな日は、

 

「自分が好き。」

 

と思うこともあります。

 

でも、それも少し違います。

 

 

 

本当に感じているのは、

 

「嬉しい。」

「安心した。」

「達成感がある。」

「できてよかった。」

 

という気持ちではないでしょうか。

 

つまり、

 

好きになったのは自分ではなく、

 

その時の状態。

 

 

 

私たちは、状態と自分自身を混同してしまうことがあります。

 

だから、

 

できない自分=嫌い

 

できる自分=好き

 

そんな思い込みが生まれてしまうのです。

 

 

 

でも、

 

自分という存在は、

 

できた・できないで価値が変わるものではありません。

 

状態は変わります。

 

結果も変わります。

 

感情も変わります。

 

 

 

でも、自分という存在は変わりません。

 

 

だから私は、

 

「自分を好きになろう。」

 

よりも、

 

「自分と仲良くなろう。」

 

という言葉が好きです。

 

自分と仲良くなるとは、

 

無理に自分を好きになることではありません。

 

 

 

評価をやめて、

 

今日の私は何を感じているんだろう。

 

本当は何が悲しかったんだろう。

 

何が嬉しかったんだろう。

 

 

そんなふうに、自分を知っていくこと。

 

自分を責めるよりも、

 

自分を観察すること。

 

それが、自分と仲良くなるということなのだと思います。

 

自分は、一生付き合っていく大切な存在です。

 

 

 

だからこそ、

 

今日も少しだけ、

 

自分に興味を持ってみませんか。

 

「私は今、何を感じている?」

 

その問いかけから、

 

本当の自己信頼は少しずつ育っていくのだと思います。






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夢が見え始めると、部屋も変わり始める。


 

 

 

今日、たまたまYouTubeで

断捨離をされている方の動画を見ました。

 

その方は、部屋が物でいっぱいになり、

ご夫婦の関係にも影響が出てしまったことをきっかけに、

少しずつ片づけを始めていました。

 

 

 

 

その動画を見ながら、昔の自分を思い出しました。

 

 

 

以前の私は、

とてもたくさんの物を持っていました。

 

休みの日に出かけると、

何かを買って帰ることが楽しみで、

洋服や雑貨、日用品など、気づけば部屋は物であふれていました。

 

 

 

収納を増やしても、また物が増えていく。

 

そんな暮らしをしていた時期があります。

 

 

 

今振り返ると、

あの頃の私は悩みも多く、

「こう生きたい」という未来のイメージがぼんやりしていました。

 

 

 

夢がまったくなかったわけではありません。

 

 

 

でも、「絶対にこれをやりたい」という気持ちは、

まだ見えていなかったように思います。

 

 

 

そして私は、悩みと向き合う代わりに、

物を買うことで気持ちを満たそうとしていた時期もありました。

 

 

 

買う瞬間は楽しい。

 

 

 

でも、その喜びは長くは続きません。

 

 

 

気づけば使わないままの物が増え、

最後には手放すことになった物もたくさんありました。

 

 

 

 

 

「部屋は心の鏡」と言われることがあります。

 

 

 

私は、その言葉が

すべての人に当てはまるとは思いません。

 

でも少なくとも、

あの頃の私には当てはまっていました。

 

 

 

だから今、もし

「やりたいことはあるのに、なかなか動き出せない」と感じている方がいたら、

一度だけ部屋を見渡してみるのも一つの方法かもしれません。

 

 

部屋を整えることは、

単に見た目をきれいにすることではありません。

 

 

 

 

毎日過ごす空間が整うことで、

心にも少しずつ余白が生まれます。

 

 

その余白が、新しい発想や、

「やってみよう」という気持ちにつながることがあります。

 

 

 

私もまだ、理想としている

「丁寧な暮らし」の途中です。

 

 

完成したわけではありません。

 

 

それでも、以前より少しずつ、

自分が望む暮らしへ近づいている感覚があります。

 

 

 

住環境を整えることは、

部屋を片づけることだけではありません。

 

 

 

未来の自分が心地よく暮らせるように、

今日という一日を少しずつ整えていくこと。

 

 

 

その積み重ねが、
夢へ向かう力を育ててくれるのだと、
私は感じています。






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「続けること」が目的ではなく、

「好きなこと」に出会うこと。


 

 

 

 

最近、新しいことを始める機会が増えました。

 

「これをやってみたい。」

 

そんなアイデアが以前より自然と浮かび、

実際に行動へ移せるようになってきたのです。

 

 

 

そして気づいたことがあります。

 

やってみる前は、

「楽しそう」と思っていても、

 

実際にやってみると、

 

「あれ? 思っていたのと違うな。」

 

と感じることがあります。

 

 

 

 

反対に、

 

「試しにやってみよう。」

 

くらいの気持ちで始めたことが、

とても楽しくなり、

次々と新しいアイデアが生まれることもあります。

 

 

 

 

私は、ヒーリング動画を作る中でも、

それを何度も経験してきました。

 

 

 

だから最近は、

まずやってみることを大切にしています。

 

 

 

やってみなければ、

本当に自分に合っているかは分からないからです。

 

 

子どもの頃は、

「最後まで続けなさい」と教えられることがありました。

 

 

私も習い事をしていた頃、

「途中でやめたい」と思ったことが何度もあります。

 

 

でも、「お金を払っているのだから続けなさい」と

言われ、そのまま続けた経験もありました。

 

 

もちろん、その考え方にも大切な面はあると思います。



けれど、大人になった今の私は、

少し違う考え方をしています。

 

 

 

 

やってみて違うと感じたなら、

無理に続けなくてもいい。

 

思っていたものと違ったなら、

新しい道へ進んでもいい。

 

 

 

それは、「飽きっぽい」のではなく、

 

本当に好きなこと、

夢中になれることを見つけるための過程なのだと思っています。

 

 

 

もちろん、

誰かと一緒に進めていることは別です。

 

仲間や約束があるなら、

その責任を大切にしたいと思っています。

 

 

 

でも、自分一人で挑戦していることなら、

自由に試し、自由に方向を変えてもいい。

 

私はそう考えています。

 

 

 

「継続は力なり」という言葉は、

とても素敵な言葉です。

 

でも、その継続は、

我慢や苦しさだけで続けるものではなく、

 

 

「もっとやってみたい。」

 

「もっと知りたい。」

 

そんな気持ちが自然に湧いてくるものに向けられるとき、

本当の力になるのではないでしょうか。

 

 

 

だから私は、これからも思いついたら、

まずやってみようと思います。

 

 

 

やってみるからこそ見える景色があります。

 

 

 

そして、その一歩一歩が、
本当に好きなことへ近づく道なのだと感じています。







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住環境は、未来を育てる場所。

 

 

 

 

新しい家で暮らし始めて、

二ヶ月半ほどが経ちました。

 

 

少しずつ生活にも慣れ、

この場所が「自分の暮らし」になってきたように感じています。

 

 

すると、不思議なことに新しいアイデアや、

「これをやってみたい」という気持ちが自然と湧いてくるようになりました。

 

 

 

その時、改めて思ったことがあります。

 

 

 

住環境は、ただ今を暮らすための場所ではなく、

 

未来を育てる場所なのだ。

 

ということです。

 

 

 

新しいことを始めたいと思うと、

自然と今の暮らしを見渡すようになります。

 

 

「これは、もう役目を終えたかな。」

 

「これは、今の私には必要ないかもしれない。」

 

そんなふうに感じるものは、

少しずつ手放していこうと思いました。

 

 

 

断捨離というと、「物を減らすこと」が

目的のように思われることがあります。

 

 

 

 

でも、私にとっては少し違います。

 

 

未来の自分が心地よく暮らせる環境をつくるために、

今の暮らしを整えていくこと。

 

その積み重ねなのだと思っています。

 

 

 

 

そして、気づいたことがあります。

 

 

私たちが普段買っているものの多くは、

「今」のためだけではないということです。

 

 

食べ物も、

今日食べて終わりではありません。

 

それは明日の自分の体になり、

その先の未来の自分をつくっていきます。

 

 

本や学びもそうです。

 

道具や家具もそうです。

 

 

今選んでいるものは、

未来の自分の暮らしや夢につながっています。

 

 

 

だから私は、これからも

 

「未来の自分が喜ぶものだろうか。」

 

そんな視点で、物を選び、

暮らしを整えていきたいと思います。

 

 

 

 

安心して休める場所があるから、

心が回復する。

 

心が回復するから、

新しい発想が生まれる。

 

新しい発想が生まれるから、

未来へ向かって一歩を踏み出せる。

 

 

 

 

住環境は、

ただ暮らすための場所ではありません。

 

 

 

未来の自分を育て、
夢を育てる場所なのだと、
私は感じています。






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性を通して本来の自分に還る

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