まっさらな瞳

こんにちは。

このブログ「まっさらな瞳」へようこそ。

 

ここは、あなたが本来の自分を思い出し、心をオープンにして、毎日を軽やかに、そして自分らしく生きるためのヒントをお届けする場所です。

 

私たちは生まれたとき、誰もが純粋な瞳を持っています。その瞳の奥には、ありのままの自分がいて、世界と柔らかくつながりながら輝く力があります。けれど、日々の生活や人との関わりの中で、その純粋さや自由さを忘れてしまうこともあります。

 

このブログでは、

 

自己信頼や内なる叡智を思い出すこと

 

自分らしい生き方を育む気づき

 

夢を叶えながら、心地よく輝く日々のヒント

 

などを、私自身の体験や講座での学びとともにお届けしていきます。

 

ヒーラー養成講座やセクシャルウェルネスなどの学びも、この「真っさらな瞳」という視点で統合され、あなたの中の本来の力を呼び覚ますきっかけになれば嬉しいです。

 

さあ、一緒に、目を覚ましたばかりの赤ちゃんのような、真っさらな瞳で、毎日を見つめてみませんか。



「正解を探す人生」から、「自分の答えを育てる人生」へ




 

私たちは子どもの頃から、

「答えのある世界」の中で学んできました。

 

 

 

算数には答えがあります。

 

国語にも、多くの場合は求められる答えがあります。

 

理科や社会にも、テストでは正解があります。

 

 

 

正解を書けば丸がもらえ、褒められる。

 

間違えればバツがつき、

時には「なんでこんなことも分からないの?」と言われることもあります。

 

 

 

 

もちろん、学校で知識を学ぶことはとても大切です。

 

けれど私は、大人になってから、あることに気づきました。

 

 

 

 

それは、

 

学校の「正解」と、

人生の「答え」は、まったく性質が違う

 

ということです。

 

 

 

 

 

私たちは、いつの間にか

「人生にも正解がある」と思ってしまう

 

 

 

 

 

学校では、「問い」があれば「正解」があります。

 

 

だから知らず知らずのうちに、

 

「人生にも、どこかにたった一つの正解がある。」

 

そんな感覚を持ってしまうことがあります。

 

 

 

仕事も。

 

結婚も。

 

子育ても。

 

生き方も。

 

 

 

「本当は誰かが正解を知っていて、私はまだ見つけられていないだけ。」

 

そんなふうに感じてしまうことがあります。

 

 

 

 

だから、

 

「先生なら何と言うだろう。」

 

「専門家ならどう答えるだろう。」

 

「みんなはどう考えるのだろう。」

 

と、自分の外へ答えを探しに行ってしまうのです。

 

 

 

 

でも、人生はテストではありません

 

 

 

人生には、数学のような答えはありません。

 

 

もちろん、社会のルールや法律のように、

多くの人に共通するものはあります。

 

 

 

けれど、

 

「どんな人生を送りたいか。」

 

「何を大切にしたいか。」

 

「どんな人間でありたいか。」

 

 

こうした問いには、誰か一人が持っている「唯一の正解」はありません。

 

 

 

だからこそ、

 

人生で本当に必要なのは、

 

正解を探す力ではなく、自分なりの答えを育てる力なのだと思います。

 

 

 

 

 

答えは「外にある」のではなく、「育っていく」



 

「答えは自分の中にある。」

 

私はこの言葉が好きです。

 

 

 

 

ただ、それは

「最初から完成した答えが心の中に入っている」という意味ではありません。

 

 

人と出会い、

 

本を読み、

 

失敗し、

 

喜び、

 

迷い、

 

対話を重ねる。

 

 

 

そうした経験の中で、

 

少しずつ、

 

「私はこう思う。」

 

という答えが育っていく。

 

 

 

外から受け取るのは、「答え」ではありません。

 

外から受け取るのは、

 

新しい視点。

 

新しい体験。

 

新しい価値観。

 

そして、自分で考えるためのヒントです。

 

 

 

それらを受け取りながら、

 

最後は自分で考え、

 

自分で選び、

 

必要なら修正していく。

 

 

 

それが、自分自身の人生を歩むということなのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

自分とのつながりを取り戻す

 

 

 

私たちは、つい「誰かの正解」を探してしまいます。

 

 

でも、本当に大切なのは、

 

「私はどう感じるのだろう。」

 

「私はなぜそう思うのだろう。」

 

と、自分へ問いかけることです。

 

 

 

人生には、誰かが用意した模範解答はありません。

 

だからこそ、自分自身と対話しながら、

自分なりの答えを育てていく。

 

その積み重ねが、
少しずつ「自分を信頼する力」になっていくのだと思います。







魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



「人は鏡」という言葉が、怖くなくなった日





 

私は長い間、

「人は鏡」という言葉が苦手でした。

 

 

この言葉を聞くたびに、

どこか胸が苦しくなっていました。

 

 

 

なぜなら、私の中では、

 

「嫌な人に出会ったのは、自分にも同じような嫌な部分があるから。」

 

「腹が立ったなら、自分の中にも同じ闇がある。」

 

 

 

そんな意味として受け取っていたからです。

 

 

 

だから、「人は鏡」という言葉は、

とても鋭く感じていました。

 

 

 

 

まるで、

 

「あなたの悪い部分を見なさい。」

 

「ちゃんと認めなさい。」

 

と言われているようで、

心のどこかで後ずさりしてしまう自分がいました。

 

 

 

 

 

もちろん、自分自身と向き合うことは大切です。

 

 

でも、どこか違和感がありました。

 

私は、「人は鏡」という言葉そのものではなく、

その言葉の受け取り方に苦しんでいたのだと思います。

 

 

 

 

そんな中で、ある日、

この言葉の意味が私の中で大きく変わりました。

 

 

 

「人は鏡」とは、

 

自分の悪い部分を映し出すものではなく、

自分自身を知るきっかけを映し出してくれるものなのではないか。

 

 

 

そう感じたのです。

 

 

 

 

ある人との出会いによって、

 

自分が何を大切にしているのかが見えてくる。

 

 

ある出来事によって、

 

自分が本当は何を望んでいたのかに気づく。

 

 

 

悲しみも、

 

喜びも、

 

怒りも、

 

安心も、

 

それらは「悪い自分」があるから生まれたのではなく、

 

自分の大切な価値観や願いを教えてくれる心の反応だったのです。

 

 

 

 

そう思えたとき、「人は鏡」という言葉は、

怖いものではなくなりました。

 

 

 

 

今、私はこんなふうに感じています。

 

 

 

 

人は鏡ではあります。

 

 

でも、その鏡は、

 

あなたを裁く鏡ではありません。

 

 

 

あなたの中にある、

 

大切にしているもの。

 

願い。

 

悲しみ。

 

喜び。

 

 

それらを静かに映してくれる、

 

穏やかな水面のような存在なのだと思います。

 

 

 

水面は何も責めません。

 

何も否定しません。

 

ただ静かに映してくれます。

 

 

 

そして、

 

「こんなことを私は大切にしていたんだ。」

 

「こんな願いがあったんだね。」

 

 

そんなふうに、

自分自身を少しずつ知っていくことができます。

 

 

 

 

 

私は、「自分とのつながり」を大切にしたいと思っています。

 

 

 

でも、その「自分」と出会わせてくれるのは、

人との出会いです。

 

 

人との出会いが問いを運んできてくれる。

 

一人の時間が、その問いを育ててくれる。

 

 

 

そして、その気づきが、

また次の出会いを豊かにしてくれる。

 

 

 

 

 

そう考えると、人との出会いは、

自分を苦しめるためのものではありません。

 

 

本来の自分を思い出していくための、大切な贈り物。

 

 

 

 

私は今、そんなふうに感じています。

 

 

 

だから、「人は鏡」という言葉も、

もう怖くありません。

 

 

 

私にとって、その鏡は、

 

自分を責めるための鏡ではなく、

 

自分を優しく知っていくための水面へと変わったのです。







魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション




人との出会いが、自分という存在を教えてくれる




 

私は「自分とのつながり」をとても大切にしています。

 

 

 

だからといって、

「一人で生きていけばいい」と思っているわけではありません。

 

 

 

むしろ最近、こんなことを感じています。

 

 

 

人は、一人では自分を知ることができない。

 

極端な言い方かもしれません。

 

 

 

 

でも、人との出会いがあるからこそ、

 

 

「私はこう感じるんだ。」

 

「私はこういうことを大切にしているんだ。」

 

「これは嬉しい。」

 

「これは悲しい。」

 

 

そんな自分自身が見えてきます。

 

 

 

 

もし誰とも関わらずに生きていたら、

自分という存在さえ、

今ほど深く知ることはできなかったかもしれません。

 

 

 

人との関わりは、

時に楽しく、時に苦しく、時に悩みをもたらします。

 

 

でも、その一つひとつが、

自分自身を知るきっかけになっています。

 

 

 

 

だから私は今、

人との出会いも、一人の時間も、

どちらも同じくらい大切なのだと感じています。

 

 

 

 

以前、私は

「人は鏡」という言葉に少し苦手意識がありました。

 

 

 

どこか鋭くて、

 

「すべて自分の問題ですよ。」

 

と言われているように感じてしまっていたからです。

 

 

 

でも、今は少し違う見方をしています。

 

 

 

 

私は、「人は鏡」という言葉は、

 

人は、自分を映し出してくれる存在。

 

 

 

そんな意味なのではないかと思うようになりました。

 

 

 

 

誰かとの出会いがあるから、

 

自分の価値観が見えてくる。

 

 

 

誰かの言葉によって、

 

自分の本音に気づくことがある。

 

 

 

誰かとのすれ違いによって、

 

自分が本当に望んでいたものが見えてくる。

 

 

 

 

 

相手が答えを持っているのではありません。

 

 

 

 

相手が、自分の中に眠っていた

問いを見つけるきっかけをくれているのです。

 

 

 

 

だから、人は鏡なのかもしれません。

 

 

 

 

そして、その問いを育てる時間が、一人の時間です。

 

 

 

 

 

人との関わりの中で、


 

「どうして私はこんなに悲しかったんだろう。」

 

「なぜ、あの言葉が心に残ったのだろう。」

 

 

そんな問いが生まれます。

 

 

 

 

そして、一人になって静かに考える。

 

 

 

本を読む。

 

自然の中を歩く。

 

ぼんやり空を眺める。

 

 

 

そんな時間の中で、

少しずつ自分の答えが見えてきます。

 

 

 

私は、人との時間と、一人の時間は

反対のものではないと思っています。

 

人との出会いが、気づきの種を運んできてくれる。

 

一人の時間が、その種を大切に育ててくれる。

 

 

そして育った気づきが、

また次の人との出会いを豊かにしてくれる。

 

 

 

その繰り返しの中で、人は少しずつ自分を知り、

少しずつ自己信頼を育てていくのではないでしょうか。

 

 

 

だから私は、「自分とのつながり」は、

一人だけで完成するものではないと思っています。

 

 

 

人との出会いによって問いが生まれ、

 

一人の時間によってその問いが育ち、

 

また人との出会いによって新しい景色が見えてくる。

 

 

 

そんな温かな循環の中で、
人は少しずつ「本来の自分」と出会っていくのだと、私は感じています。







魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



バウンダリーとは、お互いが心地よくつながるための橋





 

「バウンダリー(境界線)」という言葉を初めて聞いたとき、

私は少し冷たい印象を持っていました。

 

 

 

「ここから先には入らないでください。」

 

 

そんな壁のようなものを想像していたのです。

 

 

 

 

でも、学びを深め、自分自身の経験を重ねる中で、

その意味は大きく変わりました。

 

 

 

 

今、私が感じているバウンダリーとは、

 

 

 

自分が心地よくいるためのもの。

 

 

 

そして、

 

自分と相手が、

お互いに心地よく良い関係でいるためのもの。

 

です。

 

 

 

 

私は、バウンダリーとは橋のようなものだと感じています。

 

 

 

 

橋には、安心して渡れる強さがあります。

 

 

だから人は安心して行き来できます。

 

 

 

でも、その橋にも支えられる重さがあります。

 

もし、その重さを超えてしまえば、

橋は壊れてしまいます。

 

 

 

だから橋は弱いのではありません。

 

 

長く使い続けるために、

自分の強さを知っているのです。

 

 

 

人も同じなのだと思います。

 

 

 

 

私は、人を受け止めることを大切にしています。

 

 

 

でも、

 

何でも受け止める人になりたいわけではありません。

 

 

 

 

私は、

 

受け止めることを大切にする人でありたい。

 

そう思っています。

 

 

 

自分を大切にする。

 

相手も大切にする。

 

 

 

 

だからこそ、必要なときには

「今日は難しい」と伝えることもあります。

 

 

 

それは拒絶ではありません。

 

 

 

関係を大切にしたいからこその誠実さです。

 

 

 

バウンダリーとは、

相手を遠ざけるための壁ではありません。

 

 

 

これからも、お互いが安心して、

長く、心地よくつながっていくための橋。

 

 

 

私は、今そんなふうに感じています。

 

 

 

そして、この考え方は、

人との関係だけではありません。

 

 

 

自分自身との関係にも通じています。

 

無理をしない。

 

我慢しすぎない。

 

自分の心の声にも耳を傾ける。

 

 

 

 

そうやって自分とのつながりを育てることが、
結果として、人とのつながりも温かく育ててくれるのだと思います。







魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



伴走することと、背負い続けることは違う




 

以前の私は、

人から相談を受けると、

 

 

「少しでも楽になってほしい。」

 

 

そんな気持ちで話を聞いていました。

 

 

 

 

もちろん、その気持ちは今も変わりません。

 

でも、ある経験から、

大切なことに気づきました。

 

 

 

人の苦しさを受け止めることと、

 

その苦しさを自分が持ち続けることは違う、

ということです。

 

 

 

 

以前、会うたびに同じ悩みや愚痴を話す方がいました。

 

 

最初は、「本当に辛かったんだな」と

思いながら聞いていました。

 

でも、それが何度も続くうちに、

帰る頃には私自身の心が重くなっていることに気づきました。

 

 

楽しい時間を過ごしたはずなのに、

帰るときには重い荷物を背負って帰っているような感覚でした。

 

 

 

 

もちろん、その方に

悪気があったわけではありません。

 

安心できる相手だからこそ、

自然と話していたのだと思います。

 

 

 

でも、その経験から私は気づきました。

 

 

伴走することと、

相手を背負い続けることは違う。

 

 

 

伴走とは、

必要なときに隣を歩くことです。

 

 

 

相手が立ち上がれないときは手を差し伸べる。

 

歩き始めたら、一緒に歩く。

 

 

 

 

そして、自分の足で歩けるようになったら、

その力を信じて見守る。

 

 

私は、この「信じて見守る」ということも、

伴走の一つなのだと思っています。

 

 

 

本当の優しさとは、

相手をずっと支え続けることではなく、

 

「あなたには、自分で歩く力がありますよ。」

 

そう信じることなのかもしれません。







魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション


「今、大丈夫?」という一言に込められた思いやり




 

先日、ふと思い出したことがありました。

 

 

昔から電話をかけるときによく使う言葉があります。

 

「今、大丈夫?」

「今、お時間ありますか?」

 

 

私は以前、この言葉を

単なるマナーだと思っていました。

 

 

でも最近、

この一言には、とても深い思いやりが込められていることに気づきました。

 

 

 

電話をかける側は、

自分が話せるタイミングで電話をかけます。

 

 

 

でも、受ける側の状況はわかりません。

 

 

もしかすると仕事中かもしれない。

 

ゆっくり休んでいる時間かもしれない。

 

考え事をしている最中かもしれない。

 

 

 

だからこそ、

 

「今、大丈夫ですか?」

 

という一言は、

 

 

「あなたにもあなたの時間や心の状態がありますよね。」

 

という尊重の言葉なのだと思います。

 

 

この一言があることで、

 

「今日は大丈夫ですよ。」

 

「少し忙しいので後でもいいですか?」

 

そんなふうに、お互いが安心してやり取りできます。

 

 

 

私は、この考え方は電話だけではなく、

人との関わり全体にも共通することだと感じています。

 

 

 

相談をするとき。

 

愚痴を聞いてもらうとき。

 

悩みを話したいとき。

 

 

そんなときも、

 

「今、少し話を聞いてもらっても大丈夫?」

 

その一言があるだけで、

お互いが心地よい関係でいられるのではないでしょうか。

 

 

 

思いやりとは、

相手のために何かをしてあげることだけではありません。

 

 

 

相手にも、

その人自身の心や時間があることを大切にすること。

 

その小さな心遣いが、
人との関係を温かく育てていくのだと思います。





魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



心の器が大きい人とは、「何でも受け止める人」なのでしょうか




 

私はこれまで、「心の器が大きい人」という言葉を聞くたびに、

とても優しくて、どんなことでも受け止めてくれる人を思い浮かべていました。

 

 

そして、ヒーラーやメンターという仕事をしていると、

そう見られることもあります。

 

 

もちろん、人の気持ちを受け止めることは、

とても大切なことです。

 

 

 

私自身も、自分自身に対しても、目の前の人に対しても、

「まず受け止めること」を大切にしています。

 

 

 

でも最近、一つの大きな気づきがありました。

 

それは、

 

 

「人には、自分自身と向き合えない時があるように、

人の苦しみを受け止められない時もある。」

 

ということです。




 

---------------------------------------------

 

 

 

私たちは、苦しい出来事があると、

一人では抱えきれなくなることがあります。

 

 

 

そんなとき、

誰かに話を聞いてもらいたいと思うことは、とても自然なことです。

 

私も、そのような方の伴走をすることがあります。

 

 

 

 

でも、その経験を通して気づいたことがあります。

 

 

それは、

 

受け止める側にも、

心のコンディションがある。

 

という、とても当たり前だけれど、

これまで深く考えたことのなかった事実でした。

 

 

 

 

自分が辛いときは、

「聞いてほしい」という気持ちに意識が向きます。

 

 

 

でも、聞く側にも、

 

今日は余裕がある日もあれば、ない日もあります。

 

 

 

 

静かに過ごしたい日もあります。

 

自分自身と向き合いたい日もあります。

 

 

これは冷たいことではありません。

 

 

 

人である以上、とても自然なことです。

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------

 

 

 

私は最近、「心の器が大きい人」

という言葉の意味が、少し変わりました。

 

 

 

以前は、

 

「何でも受け止められる人」

 

だと思っていました。

 

 

 

でも今は、こう感じています。

 

 

 

心の器が大きい人とは、

自分の器の大きさを知っている人なのではないか。

 

 

今日はここまでなら受け止められる。

 

今日は少し休もう。

 

今は自分を整える時間が必要。

 

 

そんなふうに、

自分の状態を知り、大切にできる人。

 

 

 

だからこそ、無理をせず、

長く人と関わり続けることができるのだと思います。

 

 

 

 

そして、私が大切にしたいのは、

 

「何でも受け止める人」

 

になることではありません。

 

 

 

 

受け止めることを大切にする人。

 

 

 

 

この違いは、とても大きいように感じています。

 

受け止めることを大切にする。

 

でも、自分自身も大切にする。

 

 

だからこそ、自分とのつながりを失わずに、

人とも長く温かな関係を築いていけるのではないでしょうか。

 

この気づきは、
私自身がこれからも大切に育てていきたい価値観の一つになりました。






魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



学びは、一度受け取って終わりではない




 

今回、「価格」や「価値」について考えていたはずなのに、

最後に私がたどり着いたのは、意外な場所でした。

 

 

それは、

 

「これまで購入した講座を、もう一度見返してみよう。」

 

という気持ちです。

 

 

 

以前は、講座というものを

「学び終えるもの」だと思っていました。

 

動画を最後まで見たら終わり。

 

教材を一通り読んだら終わり。

 

そんな感覚がどこかにあったように思います。

 

 

 

でも今は、そうではないと感じています。

 

人は日々変化しています。

 

経験も増えます。

 

価値観も変わります。

 

 

 

以前は理解できなかったことが、

今なら自然と腑に落ちることもあります。

 

逆に、以前は印象に残っていた言葉よりも、

まったく違う一文が心に響くこともあります。

 

 

 

講座は変わっていません。

 

変わったのは、自分自身です。

 

 

だからこそ、同じ講座でも、

二回目、三回目、十回目では、受け取るものが違ってきます。

 

 

私は今回、

「受け取る力」という言葉に出会いました。

 

 

価値を提供する力だけではなく、

価値を受け取る力も育てていく。

 

 

 

それは、とても大切なことなのだと感じています。

 

そして、その受け取る力の土台にあるのが、

「敬意」なのかもしれません。

 

 

 

この講座を作るために、

どれだけの時間が費やされたのだろう。

 

どれだけの失敗や試行錯誤があったのだろう。

 

どんな思いで、

この内容を届けてくださったのだろう。

 

 

 

そんなことを少し想像するだけでも、

学びへの向き合い方は大きく変わります。

 

 

 

価格とは、価値を交換するためのもの。

 

 

そして、その価値を丁寧に受け取ることにも、

敬意と技術があります。

 

 

 

私は今回、そのことを改めて教えてもらいました。

 

だから、これからは「新しい講座を探すこと」だけではなく、

これまでご縁があって学ばせていただいた講座にも、もう一度向き合ってみたいと思います。

 

 

 

以前の私が受け取れなかったものを、

今の私なら受け取れるかもしれない。

 

 

そんな小さな期待を胸に、

一つひとつの学びを、もう一度大切に味わってみようと思います。

 

 

 

学びは、一度受け取って終わるものではありません。

 

 

 

人生を歩み、自分自身が成長するたびに、

何度でも新しい価値を受け取ることができる。

 

 

 

それもまた、学ぶことの楽しさであり、
豊かさなのだと、私は感じています。







魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション




本当に大切なのは「受け取る力」




 

以前の私は、

特典に惹かれて商品を購入したことがありました。

 

 

もちろん、それ自体が悪いことではありません。

 

 

でも後から振り返ったときに、

少し申し訳ない気持ちになりました。

 

 

私は特典ばかりに目が向いていて、

作り手が本当に届けたかったメインの商品に、

十分向き合えていなかったのではないか、と。

 

 

そして、その経験から

一つの気づきがありました。

 

 

 

それは、「受け取る力」ということです。

 

 

私たちは、価値を提供することについてはよく学びます。

 

でも、価値を受け取ることについて考える機会は、

それほど多くありません。

 

 

 

無料だから適当に扱う。

 

安かったから後回しにする。

 

特典だけ受け取って終わってしまう。

 

そんなことは、私自身にもありました。

 

 

でも、本当に大切なのは価格ではなく、

受け取る姿勢なのだと思います。

 

 

 

「この人が時間をかけて作ったものだから、丁寧に学ぼう。」

 

「一つでも実践してみよう。」

 

「感謝を持って受け取ろう。」

 

 

 

そんな姿勢があると、

同じ講座でも、同じ本でも、

得られるものは大きく変わります。

 

 

 

価格が高いと真剣になりやすいという側面は

確かにあるかもしれません。

 

 

けれど、本当の覚悟は価格だけで決まるものではありません。

 

 

自分で選び、

自分の人生に生かそうと決めること。

 

 

その主体性こそが、

学びを深めてくれるのだと思います。

 

 

私は今回、お金について考えていたはずなのに、

最後にたどり着いたのは「敬意」と「受け取る力」というテーマでした。

 

 

 

価格とは、

価値を交換するための数字です。

 

でも、その数字の向こうには、

人の時間や経験、努力、責任、そして思いがあります。

 

 

 

それらを大切に受け取ろうとする姿勢こそが、

本当の意味で価値を受け取る力なのではないでしょうか。

 

 

 

そして、その力は、お金だけではなく、
人との出会いや学び、日々の出来事など、
人生そのものをより豊かに受け取る力にもつながっていくように感じています。





魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



価格の奥にあるもの 〜「敬意」という視点〜



 

私たちは何かを購入するとき、

「高い」「安い」という価格に目が向きがちです。

 

でも、本当に見るべきなのは、その数字だけなのでしょうか。

 

 

 

最近、私は「価格とは何だろう」と

改めて考える機会がありました。

 

 

そして気づいたのは、

価格には単なる金額以上のものが込められているということです。

 

 

例えば、一つの講座が完成するまでには、

何年、何十年という学びや経験があります。

 

 

先生自身が何度も失敗し、試行錯誤を重ね、

遠回りをしながらようやくたどり着いた知恵があります。

 

その積み重ねを、受講する側は

数か月という短い時間で学ぶことができます。

 

私たちが受け取っているのは、

知識だけではありません。

 

その人が歩んできた時間や経験、責任、

そして「これを届けたい」という思いにも触れさせてもらっているのだと思います。

 

 

だから私は、価格とは「儲けたい金額」だけではなく、

その人が積み重ねてきた価値や責任の結晶でもあるのだと感じています。

 

 

 

もちろん、高額だから必ず価値があるとは言えません。

 

安いから価値がないとも言えません。

 

 

大切なのは、

その価格の背景にあるものを見ることです。

 

 

そして、その背景を知ろうとする姿勢には、

一つの言葉がぴったり当てはまることに気づきました。

 

 

それが「敬意」です。

 

 

価格を見るのではなく、

その価値を生み出した人へ敬意を向ける。

 

 

そうすると、
「高い」「安い」という見方だけでは見えなかった世界が、
少しずつ見えてくるように思います。







魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション

 幸せの魔法使い☆まみ 

性を通して本来の自分に還る

心・身体・性を整え、人生を再構築する

電話番号:08053094890

営業時間:10:00~17:00

所在地 : 山形県北村山郡大石田町大字大石田乙690-1  サロン情報はこちら