まっさらな瞳

こんにちは。

このブログ「まっさらな瞳」へようこそ。

 

ここは、あなたが本来の自分を思い出し、心をオープンにして、毎日を軽やかに、そして自分らしく生きるためのヒントをお届けする場所です。

 

私たちは生まれたとき、誰もが純粋な瞳を持っています。その瞳の奥には、ありのままの自分がいて、世界と柔らかくつながりながら輝く力があります。けれど、日々の生活や人との関わりの中で、その純粋さや自由さを忘れてしまうこともあります。

 

このブログでは、

 

自己信頼や内なる叡智を思い出すこと

 

自分らしい生き方を育む気づき

 

夢を叶えながら、心地よく輝く日々のヒント

 

などを、私自身の体験や講座での学びとともにお届けしていきます。

 

ヒーラー養成講座やセクシャルウェルネスなどの学びも、この「真っさらな瞳」という視点で統合され、あなたの中の本来の力を呼び覚ますきっかけになれば嬉しいです。

 

さあ、一緒に、目を覚ましたばかりの赤ちゃんのような、真っさらな瞳で、毎日を見つめてみませんか。

今回は3回に分けて、
わたしのリアルな体験と「自分とのつながり」についてお届けします。



 

最近、自分の中で長年わからなかったことが、

少しだけ見えてきました。

 

私はこれまで、人間関係の中で傷ついたり、

悲しい思いをした相手に対して、

 

 

 

「もう関わりたくない」

 

と思う一方で、

 

 

 

なぜか相手のことが気になってしまうことがありました。

 

 

 

 

 

頭ではわかっているんです。

 

 

 

連絡を取ればまた傷つくかもしれない。

 

また嫌な思いをするかもしれない。

 

 

 

だから実際には連絡しません。

 

 

 

でも心のどこかで、

 

「何か連絡が来ないかな」

 

「何かアクションを起こしてくれないかな」

 

そんなことを思ってしまう自分がいました。

 

 

 

 

私はずっと、

 

「なぜだろう?」

 

と思っていました。

 

 

 

 

嫌な思いをしたのに。

 

苦しかったのに。

 

なぜ私はその人を気にしてしまうのだろう。

 

 

 

 

もしかしたら私は、

自分で自分を苦しめたいのだろうか。

 

そんなことまで考えたこともありました。

 

 

 

 

でも最近、一つ気づいたことがあります。

 

私が追いかけていたのは、

その人ではなかったのかもしれない。

 

 

 

本当は、

 

叶わなかった願い。

 

満たされなかった思い。

 

そして、

 

寂しさ。

 

それを追いかけていたのかもしれない。

 

 

 

 

そう思ったとき、心が少し軽くなりました。



もしかすると私が本当に見てほしかったのは、

相手ではなく、
自分自身の中にあった寂しさだったのかもしれません。






魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション



 

 

最近、自分の中で

長年不思議だったことが、少し分かった気がしました。

 

 

 

私は過去に、

 

「この人になら何でも話せるかもしれない」

 

そう思えた相手がいました。

 

 

 

恋愛ではありません。

 

 

 

でも心の交流ができたらいいな。

 

もっとお互いを知れたらいいな。

 

そんなふうに思っていました。

 

 

 

 

ところが関わる中で、

私は何度か尊厳を傷つけられたような感覚を覚えました。

 

 

言葉にすると難しいのですが、

 

 

大切に扱われていないような、

 

引きずり下ろされるような、

 

そんな感覚でした。

 

 

 

 

私はその関係の中で

傷つき続けることが嫌だったので、

距離を置くことにしました。

 

 

 

 

それ以降、本音も話さなくなりました。

 

 

 

 

頭では分かっていたんです。

 

 

 

連絡を取れば、

また苦しくなるかもしれない。

 

 

 

だから実際には連絡しませんでした。

 

 

 

 

でも不思議なことに、

 

 

相手から何か連絡が来ないかな。

 

何かアクションを起こしてくれないかな。

 

 

そんなことを考えてしまう自分がいました。

 

 

 

 

 

私はずっと、

 

「なぜだろう?」

 

と思っていました。




 

嫌な思いをしたのに。

 

傷ついたのに。

 

 

なぜ相手を気にしてしまうのだろう、と。

 

 

 

 

 

そして最近気づいたのです。

 

 

 

 

私が追いかけていたのは、

相手ではなかったのかもしれないと。

 

 

 

 

本当は、

 

 

もっと関心を持ってほしかった。

 

もっと心を通わせたかった。

 

もっと大切に扱ってほしかった。

 

 

そんな願いがあったのだと思います。

 

 

 

 

だから相手を追いかけていたのではなく、

 

叶わなかった願いを追いかけていた。

 

 

 

満たされなかった寂しさを追いかけていた。

 

 

 

 

そんな気がしています。

 

 

 

 

そのことに気づいた時、

 

不思議と心が軽くなりました。

 

 

 

 

相手に何かしてもらうことを求めていたのではなく、

 

私はただ寂しかったのだと。

 

 

 

 

その気持ちを自分で認められた時、

 

長く続いていた心の引っかかりが、
少しほどけた気がしました。






魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから

どうにかしたい悩みのヒーリングセッション


 

最近、YouTubeで

「波動が合わないのに離れない人間関係」という話を耳にしました。

 

 

その内容を聞いているうちに、

ずっと自分の中でモヤモヤしていたことを思い出したんです。

 

 

私はこれまで、

人間関係の中で傷ついたり、

裏切られたと感じたりした相手に対して、

 

 

「もう関わりたくない」

 

 

と思う一方で、

 

 

なぜか相手のことが

気になってしまうことがありました。

 

 

 

本当は距離を置きたい。

 

 

でも、どこかで相手からの連絡や反応を

期待している自分がいる。

 

 

 

 

そんな自分に対して、

 

「私は自分を苦しめたいのだろうか」

 

「自分で自分をいじめているのだろうか」

 

と思うこともありました。

 

 

 

でも今回、

自分の気持ちを丁寧に見ていく中で、

一つの気づきがありました。

 

 

 

それは、

 

私は相手を追いかけていたのではなく、

 

「寂しさ」を追いかけていたのかもしれない

 

ということです。

 

 

 

 

本当は、

 

もっと関心を持ってほしかった。

 

もっと私のことも知ろうとしてほしかった。

 

私が相手を大切に思うように、

相手にも私を大切に思ってほしかった。

 

 

そんな願いがあったのだと思います。

 

 

 

 

でも、その願いは叶いませんでした。

 

 

 

 

だから心のどこかで、

 

「いつか分かってくれるかもしれない」

 

「いつか変わるかもしれない」

 

 

という期待が残っていたのかもしれません。

 

 

 

 

そしてもう一つ

気づいたことがあります。

 

 

 

人は必ずしも

心地よいものだけを求めるわけではないということ。

 

 

 

たとえ嫌な体験だったとしても、

 

慣れ親しんだ感覚や、

これまで何度も経験してきたパターンには、

 

無意識に引き寄せられることがあります。

 

 

 

 

だから、

 

嫌なのに気になる。

 

苦しいのに意識が向く。

 

 

 

そんなことが起こるのかもしれません。

 

 

 

 

でも今回、自分の中にあった

 

 

 

「寂しかった」

 

 

 

という気持ちに気づいたことで、

 

不思議と心が軽くなりました。

 

 

 

 

今までは相手ばかりを見ていました。

 

 

 

でも本当は、

 

見てほしかったのは私自身の気持ちだったのかもしれません。

 

 

 

 

もしかすると、

 

同じような経験をしている人もいるかもしれません。

 

 

 

 

誰かをなかなか忘れられないとき。

 

傷ついた相手のことを何度も考えてしまうとき。

 

 

 

その奥には怒りだけではなく、

 

寂しさや悲しさ、

 

叶わなかった願いが

隠れていることもあるのかもしれません。

 

 

 

 

今回、自分の中にあった

その気持ちに気づけたことは、とても大きな出来事でした。

 

 

 

そして今は、

 

もう相手を追いかける必要はないのかもしれない。

 

 

 

 

そんな感覚が少しずつ生まれています。






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強い体験と変化は同じものなのか──私がずっと感じてきたこと

 

最近インスタグラムで、

「クンダリーニ覚醒」や「性エネルギー」「感情の解放」

といったテーマについての発信を目にしました。

 

 

その中では、


施術によってお腹に触れたり、

感情を大きく揺らしたりすることで、

オーガズムのような感覚や強い解放体験が起き、

その瞬間に「大きく変わった」と

感じるケースについて語られていました。

 

 

また一方で、


その感覚をもう一度求めてしまい、

特定の先生や施術者のもとに通い続けるという

“依存性”についても注意が促されていました。

 

 

 

この話を見て、

わたしはあらためて

「これはとても大事な視点だ」

と感じました。

 

 

そして同時に、

これは最近たまたま思ったことではなく、

以前からずっと自分の中にあった感覚でもありました。

 

 

ただ、

それを言葉として

外に出す機会がなかっただけだと氣づきました。

 

 

 

 

「強い体験=変化」という見え方への違和感

 

ヒーリングやスピリチュアルな領域では、

強い体感や感情の解放が起きることがあります。

 

 

例えば、


・体が熱くなる

・ピリピリする

・涙が止まらなくなる

・感情が爆発する

 

 

こうした体験が起きると、

「何かが大きく変わった」と

感じることがあります。

 

 

 

しかし私はずっと、

その「強い体験」と「本質的な変化」は

同じものではないのではないか、

という感覚を持っていました。

 

 

 

もちろん、

体験そのものが悪いということではありません。




ただ、それがそのまま

“成長”や“覚醒”とイコールになるわけではないように感じています。

 

 

 

むしろそれは、

神経系の反応や、

抑圧されていた感情の一時的な放出として

起きている場合もあるのではないかと思うのです。

 

 

 

そして本質的な変化とは、

そうした瞬間的な体験とは別のところで起きていることも

多いのではないか、と感じています。

 

 

 

 

わたしが大切にしたい「内側からの変化」

 

わたし自身が大切にしたいのは、

強い刺激によって何かを起こすことではなく、


その人の内側で静かに起こっていく

理解や統合のプロセスです。

 

 

 

派手な体験ではなくても、


・同じ出来事に対する反応が変わる

・選択が少しずつ変わる

・日常の感じ方が変化していく

 

 

そういった“静かな変化”のほうに、

本質があるように感じています。

 

 

 

 

体感と意味づけは別のもの

 

また、以前

ヒーリングの学びの中で教えてもらったことがあります。

 

 

ある技術を受けると、


・体が温かくなる

・ピリピリする


といった体感が起きることがあります。

 

 

 

しかしそれは、


その技術の「すごさ」そのものではなく、

身体が自然に起こす反応である場合もある、ということです。

 

 

 

この視点を知ってから私は、

「体感の強さ」と「変化の深さ」は

必ずしも一致しない、という感覚を持つようになりました。

 

 

 

 

依存とサポートの違いについて



 

もうひとつ大切だと思うのは、

「依存」と「サポートされる期間」は

違うということです。

 

 

 

誰かに学んだり、

メンターや師のもとでサポートを受けることは、

変化のプロセスにおいて

とても大切なことだと思います。

 

 

ただそれは本来、

「その人がいないと成立しない状態」を作ることではなく、


自分の中の理解や力を育てていくための

一時的なサポートだと感じています。

 

 

一方で、


強い体験(オーガズム的な感覚や感情の爆発など)によって、

その人や場そのものに強く結びついてしまうと、

そこに依存的な構造が生まれてしまう可能性も

あるのではないかと思います。

 

 

 

わたしはそこに

少し注意が必要だと感じています。

 

 

 

なぜなら本来の学びや変化は、

「その人がいないと成立しないもの」ではなく、


自分の内側に戻っていくプロセス

だと思うからです。

 

 

 

おわりに

 

この考え方は、誰かを否定したり、

間違っていると伝えたいものではありません。

 

 

ただ私は、


「強い体験=変化」という見え方よりも、

もっと静かで、日常の中で積み重なっていく変化のほうに関心があります。

 

 

そしてそれは、

今思いついた考えではなく、

ずっと自分の中にあった感覚でもありました。

 

 

それをようやく言葉として外に出せた、
そんな感覚があります。





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現状を変えたいなら、まずはここから

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夢が叶う人と、なかなか変化を感じられない人の違い

 

 

 

現実が変わり、

夢や願いが次々と叶っていく人がいます。

 

一方で、

 

同じように夢や目標を持っていても、

なかなか変化を感じられない人もいます。

 

では、その違いは何なのでしょうか。

 

私は、その違いのひとつに

「ゴールとの向き合い方」があるように感じています。

 

同じように目標を設定していても、

 

「私はこうなりたい」

「きっと叶えていく」

 

と未来に意識を向けている人もいれば、

 

「叶ったら嬉しいな」

「でも難しいかもしれないな」

 

と、少し距離を置きながら願っている人もいます。

 

もちろん、どちらが良い悪いではありません。

 

ただ、その思いの向け方によって、

日常の行動や選択に少しずつ違いが生まれてくるように感じるのです。

 

夢を叶えたいと思っている人は、

ただ待つだけではなく、

 

チャンスや情報が来たときに掴めるように準備をしたり、

 

小さなことでもできることを始めたりしています。

 

その積み重ねが、

現実を動かすきっかけになっているように見えるのです。

 

実際に私自身も、

ゴールに向かうときはそのような姿勢を大切にしています。

 

私はTikTokライブやYouTubeライブで

現代氣功ヒーリングを行い、

 

夢や目標に向かうサポートをさせていただいています。

 

その中でたくさんのご感想をいただきますが、

 

大きな変化を感じている方ほど、

 

ご自身でも日常の変化を観察したり、

チャンスを受け取ったり、

行動を重ねたりしていることが多いように感じています。

 

反対に、

 

「どうせ変わらないかもしれない」

 

そんな思いが無意識の中にあると、

 

目の前に起きている変化やサインに気づきにくくなることがあります。

 

また、

 

夢を思い描いていても、

 

そのための小さな一歩を踏み出せなかったり、

 

訪れているチャンスに気づけなかったりすることもあります。

 

そうすると、

せっかく現実が動き始めていても、

その変化を受け取れないことがあるのです。

 

ヒーリングは変化を後押しする力になります。

 

ですが、

人生を歩いていくのは誰かではなく自分自身です。

 

だからこそ、

 

「どうなりたいのか」

 

「そのために今できることは何か」

 

を大切にしながら進んでいくことが、

夢の実現につながっていくのだと思います。

 

現実は変わります。

 

夢も叶います。

 

そのために大切なのは、

 

夢を信じること。

 

そして、

 

小さくてもいいので、

自分自身もその未来へ向かって一歩を重ねていくことです。

 

棚からぼた餅を待つのではなく、

 

白馬の王子様を待ち続けるのでもなく、

 

自分の人生を自分の足で歩いていくこと。

 

その一歩一歩が、

夢を現実へと近づけてくれるのだと思います。






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先日、断捨離をしていて、

ふと思い出したことがありました。

 

 

コロナ禍と呼ばれていた頃、

SNSではたくさんの備蓄をされている方を見かけました。

 

数年分とも思える食料品や日用品を

準備されている方もいたように思います。

 

きっと、その方々は

未来への備えとして行動されていたのでしょう。

 

 

そして、その行動自体は

決して悪いことではありません。

 

備蓄は、いざという時の安心につながります。

 

 

 

ただ、ふと思ったのです。

 

もし数年前に大量の備蓄をしていたなら、

今頃は賞味期限や消費期限のラッシュが

来ているかもしれないな、と。

 

 

 

備蓄は持つことよりも、

管理し続けることの方が難しいのかもしれません。

 

 

 

先の未来の自分のために準備することは大切です。

 

 

けれど、

未来への不安が大きくなりすぎると、

 

安心を確保しているつもりが、

今度は管理し続けるための不安を抱えることにもなります。

 

 

たくさん持つことで

安心できる場合もあります。

 

一方で、持ちすぎることで

常に氣にかけなければならなくなることもあります。

 

 

 

安心と不安は、案外

紙一重なのかもしれません。

 

 

 

未来への備えを大切にしながらも、

 

今の自分が心地よく管理できる量を知ることもまた、
大切なのだと思いました。





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夢実現の一環として、

私は断捨離を続けています。

 

もう10年以上になると思いますが、

それでも何かを手放すときには、毎回少なからず罪悪感を感じます。

 

 

ただ、最近の断捨離は少し違います。

 

今取り組んでいるのは、

「未完了を完了にする断捨離」です。

 

 

期限もなく、放置しようと思えば

いつまでも放置できるもの。

 

だけど目にするたびに

少し氣になっているものや、

心のどこかで引っ掛かっていることがあります。

 

先日、そんなものの一つを手放しました。

 

 

 

それは私の好きな趣味に関係するものでした。

 

しばらくその趣味に手をつけられずにいたため、

その道具も使われないままになっていました。

 

ある日ふと目に入ったのが、

ユースキンのクリームでした。

 

容器を見てみると、

使用期限は二か月前。

 

未開封のものもありましたが、

お肌につけるものなので手放すことにしました。

 

これまでも毎日のように目にはしていました。

 

けれど、使わないまま時間だけが過ぎていたのです。

 

 

 

期限が切れていたから捨てた。

 

そう考えることもできます。

 

 

でも、もし期限が切れていなかったら

どうだっただろうと考えました。

 

きっと私は持ち続けていたと思うのです。

 

 

だけど、その趣味を今やっていないのに持ち続けるのは、

 

「またやらなくちゃ」

「いつか再開しなきゃ」

 

そんな負い目を抱え続けることでもあったのかもしれません。

 

 

 

だから今回は、物だけではなく、

その思いごと手放すことが大切だと感じました。

 

過去の自分を握りしめ続けることは、

ときにサンクコストに似ています。

 

 

また趣味を再開したくなったら、

その時に新しいものを買えばいい。

 

その方が新鮮な気持ちで始められるし、

クリームも新しいものを使えます。

 

断捨離とは、単に物を減らすことではなく、

 

今の自分に必要なものを選び直すことなのかもしれません。




 

 

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心を置き去りにしていませんか?

 

 

 

忙しない日々を過ごしていると、

 

いつの間にか自分の心を置き去りにしたまま

毎日を過ごしていることがあります。

 

そんなときは、不思議とお部屋が散らかっていたり、

なんとなく氣持ちに余裕がなかったりして、

 

今の心の状態が見えてくることがあります。

 

忙しさに飲み込まれていることに氣づいたら、

 

意識して心を緩める時間を取ることが大切です。

 

実は、「忙しいな」と感じるときほど、

何かに煮詰まっていたり、

思うように進まなくなっていたりすることも少なくありません。

 

早く終わらせようと頑張り続けるよりも、

 

いったん立ち止まって息抜きをした方が、

結果的にスムーズに進むこともあります。

 

わたしたちは、

 

「休むことは怠けること」

「休んでいる間に誰かに追い抜かれてしまう」

 

そんな価値観の中で育ってきたこともあり、

 

休むことや息抜きをすることが

あまり得意ではないのかもしれません。

 

実は、わたしも以前はそうでした。

 

けれど、思い切って本氣で休むようになってからは、

 

物事がスムーズに進むようになり、

自然とやる氣も湧いてくるようになりました。

 

 

 

あなたは、上手に息抜きできていますか?

 

 

 

もし最近少し頑張りすぎているなら、

 

一度、本氣で休んでみてくださいね。

 

 

 

きっと、

あなた本来の力が見えてくると思います。^^





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わたしたちは日々、

さまざまな情報に触れながら生きています。

 

 

人との会話、SNS、仕事の場面、学びの時間。

 

そのすべての中で

「世界を理解している」と感じる瞬間があります。

 

 

 

しかし実際には、

その理解はとても限定的であることが

多いのかもしれません。

 

 

 

人は無意識のうちに、

「自分にとって都合の良い部分」や

「理解しやすい部分」だけを切り取って

世界を捉える傾向があります。

 

これは意図的なものというよりも、

むしろ自然な認知の仕組みです。

 

 

 

 

・人は「全部」を見ることができない

 

どれほど丁寧に誰かの話を聞いたとしても、

その人の人生のすべてを理解することはできません。

同じように、ある思想や価値観、関係性についても、

 

わたしたちはその一部だけを切り取って理解しています。

 

 

 

例えば、

ある人の言葉がとても魅力的に感じられたとしても、

 

その背景にある行動や別の側面までは

見えていないことがあります。

 

逆に、

たった一つの違和感によって、

その人全体を判断してしまうこともあります。

 

 

 

このように、

人は「部分」を「全体」だと

錯覚しながら世界を捉えているのです。

 

 

 

 

・認知のフィルターという仕組み

 

この現象は心理学的には

「認知のフィルター」として

説明されることがあります。



 

わたしたちは膨大な情報のすべてを

処理することができないため、無意識に

 

自分にとって心地よい情報

過去の経験に似ている情報

理解しやすい情報

 

を優先的に受け取ります。

 

 

 

 

その結果、

同じ出来事を見ていても、

人によってまったく違う理解が生まれます。

 

 

これは「間違い」ではなく、

人間の自然な働きです。

 

 

 

 

・都合の良い理解と悪意の違い

 

ここで大切なのは、

このフィルターは悪意ではないということです。

 

誰かが意図的に世界を歪めているというよりも、

ほとんどの場合は「そう見えてしまう」という

自然な現象です。

 

 

 

つまり、

人はみなそれぞれのフィルターを通して

世界を生きています。


 

だからこそ、

同じ出来事でも解釈が違ったり、

価値観がすれ違ったりするのは

当然のことなのかもしれません。

 

 

 

・フィルターに氣づくということ

 

この認知のフィルター自体をなくすことはできません。

 

しかし、

「自分にもフィルターがある」と氣づくことはできます。

 

この氣づきがあると、

 

 

一つの情報だけで判断しない

相手の一面だけで決めつけない

自分の感情も絶対視しない

 

という余白が生まれます。

 

 

 

それは、

すぐに答えを出さない姿勢でもあります。

 

 

 

 

・人を知るということ

 

人を知ることは、

エネルギーのいることです。

 

時間もかかるし、

思っていたイメージが変わることもあります。

そしてその変化が、時に

がっかりや違和感を生むこともあります。

 

 

 

だからこそ、

人と関わることは慎重にもなりますし、

無理に深く関わらなくてもいいという選択も

自然なものです。

 

 

 

一方で、

興味があるときだけ少しずつ知っていく

という関わり方もあります。



 

どちらが正しいということではなく、

自分にとって無理のない距離感を選ぶことが

大切なのだと思います。

 

 

 

 

私たちは世界を

「そのまま」見ているようでいて、


実際には

「自分のフィルターを通した一部」を見ています。

 

 

そのことに氣づくだけで、

人との関係や物事の捉え方は

少し柔らかくなるのかもしれません。

 

 

 

完璧に理解することよりも、

「理解はいつも途中である」という前提を持つこと。


 

それが、
少し楽に世界と関わるための
ひとつの視点なのではないでしょうか。





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何か夢ややってみたいことを思いついたとき、

最初はとてもワクワクして、


「これやってみたい」

「きっと面白いかもしれない」と


心が動く瞬間があります。

 

 

 

でもそのすぐ後に、

「本当にこれでいいのだろうか」

「批判されたらどうしよう」

「失敗したら恥ずかしい」といった

氣持ちが出てきて、


氣づけば一歩も動けなくなってしまうことがあります。

 

 

 

そしてそのまま、

考えるだけで夢がしぼんでしまう、

そんな経験を繰り返してきた人も多いのではないかと思います。

 

 

 

 

かつての

わたし自身もそうでした。

 

 

 

 

頭の中ではいろいろと想像しているのに、

外に出すことができないまま、

その夢は自分の中だけで終わってしまう。




 

でも今振り返って思うのは、


「外に出していないものは、誰にも届かない」という、

とてもシンプルな事実です。

 

 

 

どれだけ素敵なアイデアや思いがあっても、

それを表現しなければ、

誰かにとって必要なものかどうかも分かりません。

 

 

 

 

そして多くの場合、


自分が「これは普通だ」と思っていることや、

「これくらいなら誰でもできる」と感じていることほど、

他の人にとっては価値があるものだったりします。

 

 

 

だからこそ、

それを外に出してみないと、

本当の意味での需要や意味は分からないのだと思います。

 

 

 

 

一方で、

行動を止めてしまう背景には、

 

「失敗したくない」

「恥ずかしい思いをしたくない」

「批判されたくない」

 

という自然な怖さがあります。

 

 

 

 

でも失敗というものは、

本来それほど悪いものではなくて、


むしろ新しいものを生み出すための

過程の一つなのだと思います。

 

 

 

 

うまくいかない経験があるからこそ、

より良い方法にたどり着いたり、

新しい発想が生まれたりする。

 

 

 

実際に、

わたしたちが日常で使っているものの中にも、

失敗から生まれた発明はたくさんあります。

 

例えば青色LEDのように、

最初の試行錯誤があったからこそ

今の形になったものもあります。

 

 

 

 

もちろん、

一度でうまくいく人もいますが、

 

その裏には見えない経験や積み重ねがあることがほとんどです。




 

だから本当は、

「失敗しないこと」を目指すよりも、

 

「やってみた結果から何を受け取るか」

のほうが大事なのかもしれません。

 

 

 

 

夢は、
頭の中にあるだけでは
まだ形になっていなくて、

外に出したときに初めて
動き始めるものなのだと思います。




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