浄化で爆速!願望達成☆体験100日チャレンジ第3弾30日目 怖いときは、決めなくていい――自分の世界観を守るためのバウンダリー

怖いときは、決めなくていい
――自分の世界観を守るためのバウンダリー
前回、「自分の世界観を決める権利を、自分自身に戻していく」ということについて書きました。
スピリチュアルな世界には、さまざまな考え方があります。
「引き寄せの法則」
「原因は自分にある」
「思考が現実をつくる」
「波動」
「宇宙の法則」
私は、これらをすべて否定したいわけではありません。
今でもスピリチュアルな世界には好きなところがありますし、自分の人生を豊かにしてくれたものもあります。
だからこそ、
「スピリチュアルを信じるか、信じないか」
という二択ではなく、
「私は、何を自分の世界観として採用したいのだろう?」
と考えてみたいのです。
そして、そのために一つ、とてもシンプルな基準があることに気づきました。
怖いときは、決めなくていい。
不安や恐怖を感じたら、一旦立ち止まる
私は以前、
「不安や恐怖を感じさせるものは、採用しなくていい」
と考えていました。
今でも、その考え方は自分を守るうえで大切だと思っています。
でも、もう少し丁寧に考えてみると、
正しい情報であっても、怖いと感じることはあります。
健康について大切なことを知らされたとき。
災害についての情報を知ったとき。
自分にとって大きな問題に直面したとき。
真実かどうかと、怖いと感じるかどうかは、必ずしも同じではありません。
だから私は、
「怖いから間違っている」
と判断するのではなく、
「怖いと感じたから、今は決めない」
という選択があってもいいと思うようになりました。
採用しないと決めなくてもいい。
信じると決めなくてもいい。
否定もしなくていい。
ただ、
一旦、保留にする。
それだけです。
「すぐに決めない」ことも、バウンダリー
バウンダリーというと、
「NOと言うこと」
「断ること」
「ここから先には入れません、と線を引くこと」
というイメージがあるかもしれません。
でも、
「今は決めません」
というのも、一つのバウンダリーだと思います。
情報を受け取ったからといって、すぐ自分の中に入れなくてもいい。
本に書いてあるからといって、すぐ信じなくてもいい。
尊敬している人が言っているからといって、自分の世界観に採用しなくてもいい。
一度、自分の前に置いて眺めてみる。
「私はこれをどう感じている?」
「本当にそうなのかな?」
「私はこれを、自分の中に入れたい?」
そう考える時間を、自分に与えてもいい。
自分の内側にも、玄関があっていい。
訪ねてきた考え方を、すべてそのまま家の中に通さなくてもいいのです。
怖いと感じた自分を、今度は信じてみる
以前の私は、スピリチュアルな考え方を知って怖くなったとき、
「怖いけれど、宇宙の法則なら仕方がない」
という方向へ考えることがありました。
「ネガティブなことを考えたら、ネガティブな現実を引き寄せる」
そう聞いて怖くなったとしても、
「だったら、ネガティブにならないようにしなきゃ」
と、自分のほうを変えようとする。
でも今なら、
「あ、私、この考え方を聞いて怖くなっている」
と、まず自分の感覚に戻ることができます。
そして、
「じゃあ、今は採用しなくていいよ」
と、自分に言ってあげることができます。
怖さをなくしてから決めなくてもいい。
怖がっている自分を説得しなくてもいい。
まず、その自分と一緒に立ち止まる。
それだけでもいいのだと思います。
不安は「従いなさい」という命令ではない
不安や恐怖を感じると、
「怖いということは、きっとこれは重要なことなんだ」
「従わなかったら、本当に悪いことが起きるかもしれない」
と思うことがあります。
でも、
怖いと感じたことと、その情報が正しいことは別です。
同じように、
怖いと感じたことと、その情報が間違っていることも別です。
だから、不安や恐怖を「答え」にしなくてもいい。
私は、不安や恐怖を、
「一度、自分に戻ろう」
というサインとして扱ってもいいのではないかと思っています。
怖い。
じゃあ、少し待とう。
不安だ。
じゃあ、今は決めなくていい。
そうやって、判断するための時間を自分に返していく。
「正しいか」だけではなく、「私はこれに魅力を感じる?」
そして、もう一つ大切にしたい問いがあります。
それは、
「私は、この考え方に魅力を感じるだろうか?」
ということです。
世界観というものは、「正しいか、間違っているか」だけで選ばなくてもいいものもあると思います。
もちろん、事実について考えるときには、根拠を確かめることは大切です。
でも、哲学や価値観、人生をどう捉えるかというところには、
「私はどんな考え方と一緒に生きたい?」
という問いもあっていい。
この考え方を持っていると、私は自分を好きでいられるだろうか。
自分自身と仲良くなれるだろうか。
人生に希望を感じられるだろうか。
それとも、
自分を監視するようになるだろうか。
自分を怖がるようになるだろうか。
自分の感情を否定するようになるだろうか。
そんなふうに、自分との相性を確かめてもいい。
「宇宙の法則だから」より、「私はどう感じている?」
以前なら、
「宇宙の法則なのだから、私が合わせなければ」
と思っていたことを、
今は、
「私は、この考え方と一緒に生きたい?」
と問い直すことができます。
これは、とても大きな違いです。
情報を基準にして、自分を評価するのではなく、
自分を基準にして、情報との関係を考える。
「この教えに合わない私は間違っている」
ではなく、
「この考え方は、今の私に合っている?」
と考える。
決定権が、自分のところに戻ってきます。
怖いときに急いで決めないことは、自分を守ること
世の中には、不安や恐怖、そして「時間がない」という感覚によって、人の判断を急がせるものがあります。
「今すぐ決めなければいけない」
「今を逃したら大変なことになる」
「これをしなければ悪いことが起きる」
そんな言葉を聞いて怖くなったときほど、
今すぐ決めなくてもいい。
もちろん、本当に急ぐ必要がある状況もあります。
だから「急かされたものは全部間違い」という意味ではありません。
ただ、
恐怖によって自分の判断が狭くなっていると感じたら、一度立ち止まる。
可能なら、時間を置く。
情報を確認する。
別の視点からも見てみる。
誰かに相談してみる。
そして、自分自身にも聞いてみる。
それは、自分の決定権を守るための大切なバウンダリーになると思います。
新しい「掟」を作らなくてもいい
そして、ここでまた一つ気をつけたいことがあります。
「怖いものは採用してはいけない」
という新しい掟を、自分の中に作らなくてもいいということです。
それでは、
「ネガティブになってはいけない」
という以前のルールが、
「怖いものを信じてはいけない」
に変わっただけになってしまいます。
だから、
怖いものを信じてもいい。
あとで考えが変わってもいい。
一度手放した考え方を、また信じそうになってもいい。
迷ってもいい。
自分の世界観を、一度できれいに完成させなくてもいい。
その都度、
「今の私はどう思う?」
と、自分に戻ってくればいい。
縛りをほどくように、少しずつ自由になる
「ネガティブになったら、悪いことを引き寄せる」
「今起きていることは、過去の自分が作った」
「波動を下げてはいけない」
そうした考え方を深く信じていたなら、
「今日からやめます」
と言っただけでは、完全には消えないかもしれません。
それでもいい。
一本ずつ、結び目をほどいていくように、
「これは本当なのかな?」
「私はこれを持っていたい?」
「怖いなら、今日は決めなくてもいいよ」
と、自分に聞いていく。
そして少しずつ、
自分で自分を縛っていたものから、自分自身を自由にしていく。
私は、それでいいのだと思います。
何を信じるかを決める前に、自分のところへ帰ってくる
不安になってもいい。
怖くなってもいい。
迷ってもいい。
その感情を消してからでなければ、人生を選べないわけではありません。
怖かったら、
「怖いね。じゃあ、今は決めなくていいよ」
と、自分と一緒に立ち止まる。
そして落ち着いたら、
「これは事実として確認できる?」
「私はこれに魅力を感じる?」
「この考え方と一緒に生きたい?」
「この考え方を持つことで、私は自分自身と仲良くなれる?」
と、もう一度考えてみる。
答えは、そのとき出なくてもいい。
保留でもいい。
後から変わってもいい。
自分の世界観を決める権利は、自分にある。
そう思えるだけでも、
「この法則からは逃れられない」
という怖さから、少しずつ自由になっていけるのではないでしょうか。
怖いときは、決めなくていい。
まず、自分のところへ帰ってくる。
そして、自分と一緒に考える。
私は、それも自分自身と仲良くなるための、大切なバウンダリーなのだと思っています。