こんにちは。
このブログ「まっさらな瞳」へようこそ。
ここは、あなたが本来の自分を思い出し、心をオープンにして、毎日を軽やかに、そして自分らしく生きるためのヒントをお届けする場所です。
私たちは生まれたとき、誰もが純粋な瞳を持っています。その瞳の奥には、ありのままの自分がいて、世界と柔らかくつながりながら輝く力があります。けれど、日々の生活や人との関わりの中で、その純粋さや自由さを忘れてしまうこともあります。
このブログでは、
自己信頼や内なる叡智を思い出すこと
自分らしい生き方を育む気づき
夢を叶えながら、心地よく輝く日々のヒント
などを、私自身の体験や講座での学びとともにお届けしていきます。
ヒーラー養成講座やセクシャルウェルネスなどの学びも、この「真っさらな瞳」という視点で統合され、あなたの中の本来の力を呼び覚ますきっかけになれば嬉しいです。
さあ、一緒に、目を覚ましたばかりの赤ちゃんのような、真っさらな瞳で、毎日を見つめてみませんか。

恋愛について見ていると、
「相手から告白してほしい」
そう思っている人が、
とても多いように感じます。
自分からは動かず、
相手から来るのを待つ。
もし行動するとしても、
“相手に言わせるための行動”
をする。
そんな形ですね。
わたし自身も、
いつの間にか、
「女性は男性から告白されるもの」
つまり、
“選ばれる側”
という考えを持っていた時期がありました。
だから、
どこかでずっと、
相手からの言葉を期待して、
待っていたんですね。
でも、
よく考えてみると、
子どもの頃のわたしは、
もう少し素直に行動していました。
中学生の頃、
人氣のある先輩がいて、
バレンタインデーの日に、
300円くらいのチョコレートを買って、
家まで渡しに行ったことがあります。
今思うと、
あれは告白だったのかもしれません。
でも、
実際には、
ちゃんと言葉にはできなかった氣もします。
返事も特になかったのですが、
それでも、
勇氣を出して行動できたことが、
すごく嬉しかったんですよね。
そして、
もう一つ思い出があります。
これは恋愛ではなかったのですが、
同じクラスに、
とても優しい男の子がいました。
なぜか、
その子にもバレンタインのチョコを
渡したいと思ったんですね。
ですが当時、
学校では、
「生徒同士でチョコを渡すのは禁止」
ということで、
先生による荷物検査がありました。
そこでわたしは、
どうやって突破しようか考えました。
そして、
プリントをたくさん挟む
バインダーの中に、
チョコレートを隠したんです。
ちょうど、
バインダーの半分くらいのサイズのチョコを買って、
プリントを折り重ねて、
見えないようにして。
ドキドキしながら検査を受けましたが、
無事に見つからず、
その子に渡すことができました。
今思い返すと、
まるで小さな作戦みたいですよね。笑
でも、
こうして振り返ると、
昔のほうが、
もっと素直に
「氣持ちを表現する」
ということをしていた気がします。
大人になるにつれて、
傷つきたくない。
恥ずかしい思いをしたくない。
拒絶されたくない。
そんな氣持ちが増えていって、
“待つ”
という姿勢になっていくことがあります。
でも本来、
恋愛は駆け引きではなく、
「あなたと関わりたい」
という氣持ちを、
素直に差し出すものなのかもしれません。
たとえ結果がどうだったとしても、
勇氣を出して行動した経験は、
ちゃんと自分の中に残ります。
そして、
その経験は、
自分自身を少し好きにさせてくれるものでも
あるのかもしれませんね。^^
恋愛について考えていると、
あることを感じます。
それは、
好きになってくれた相手に対して、
“誠実に向き合う人”
と、
“コントロールしようとする人”
の、
二種類の人がいるように感じることです。
特に女性は、
子どもを産み育てるという本能や、
母性的な性質もあって、
自然と、
「人の役に立ちたい」
「助けたい」
「支えたい」
という氣持ちが
強く働きやすいのかもしれません。
わたし自身も、
片思いをしていた時に、
そうした氣持ちになった経験があります。
好きな人には、
元氣でいてほしい。
支えになりたい。
力になりたい。
そんなふうに、
自然と思ってしまうんですよね。
ですが、
人によっては、
「この人は自分に好意がある」
とわかった瞬間から、
態度が変わることがあります。
誠実に向き合おうとする人もいます。
ですが一方で、
コントロールしようとする
軽く扱う
不安にさせる
わざと依存させる
そんな関わり方をする人もいます。
まるで、
“好きになられた側が上の立場”
になったような空氣ですね。
もちろん、
恋愛の中では、
余裕の差が生まれることもあります。
ですが、
相手の好意を利用して、
不安にさせたり、
駆け引きをしたり、
心を揺さぶることで
優位に立とうとするのは、
わたしは、
少し悲しいことのように感じます。
なぜなら、
それは、
“愛されること”
ではなく、
“相手の気持ちを利用すること”
に近くなってしまうことが
あるからです。
最近は、
恋愛についての情報を見ていても、
・追わせる
・依存させる
・不安にさせる
・駆け引きする
という方向のものを
よく見かけます。
ですが本来、
人と人との関係は、
“安心”
の上に育っていくものでもあると思うんですね。
もちろん、
恋愛にはドキドキもあります。
ですが、
本当に心を開ける関係というのは、
「この人の前では、
無理をしなくていい」
そう思える関係なのではないでしょうか。
また、
優しい人ほど、
“愛すること”
と、
“相手を背負うこと”
が、
混ざってしまうことがあります。
ですが本当の意味で対等な関係というのは、
どちらかが
助け続ける関係ではなく、
お互いが自分の足で立ちながら、
必要な時に支え合える関係なのかもしれません。
わたしは今、
恋愛そのものには
あまり興味がありません。
ですが、
恋愛を大切にしている人たちが、
駆け引きではなく、
安心できる関係の中で、
幸せになれる世界になるといいなと思っています。^^
恋愛における悩み。
特に片思いの時には、
よく起こることではないかと思います。
相手が不機嫌そうに見えた時、
「私が何か悪いことをしてしまったのかな…?」
そう考えてしまうことがあります。
また、
相手の生い立ちや悩みを聞いた時には、
「わたしが支えなくちゃ」
「なんとかしてあげなくちゃ」
そんな使命感を感じることもあります。
さらに、
相手の機嫌が良くないように感じると、
「察しなくちゃ…」
そんな思いが働くこともあります。
恋愛において、
こうしたことが起こる時。
そこには、
ある氣持ちが動いています。
それは、
「嫌われるのが怖い」
そして、
「相手の役に立つことが大事」
という思いです。
これは、
子どもの頃から、
「〇〇らしくしなさい」
「人を助けなさい」
と教えられてきたことから、
生まれている部分もあると思います。
もちろん、
こうした教えは大切なものです。
ですが、
ここには共通していることがあります。
それは、
“人の課題を背負うこと”
なんですね。
そもそも、
相手の機嫌は相手の問題です。
もし何か伝えたいことがあるなら、
本来は、
「察してほしい」
ではなく、
言葉で伝える必要があります。
ですから、
相手が不機嫌なまま、
こちらに察することを求めているとしたら、
それは、
少し思いやりが不足している状態とも
言えるかもしれません。
また、
相手の悩みや問題も、
本来は本人が向き合い、
乗り越えていくものです。
いくら好きな相手でも、
人の課題を引き受ける必要はありません。
むしろ、
それをしてしまうことで、
結果的に相手のためにならないことも多いのです。
本来、
恋愛とは開かれた関係性です。
「察する関係」になるのは、
パートナーとなり、
信頼関係が育ち、
阿吽の呼吸のようなものが
自然に生まれてきた時なんですね。
そして、
相手の課題を一緒に背負うとしても、
それは、
お互いが支え合い、
協力し合う関係になってから、
一緒に乗り越えていくものです。
そこに至るまでには、
誠実さと信頼関係が
丁寧に育まれています。
人を助けること、
やさしくすること、
人のためになること。
そう教えられて、
やさしく育ってきた人ほど、
「誰かの力になりたい」
という氣持ちは、
とても強くなります。
だからこそ、
好きになった人にはなおさら、
支えたい。
助けたい。
氣分良くいてほしい。
そんな思いが働くんですね。
ですが、
それを続けていると、
あなたは
“愛する人”ではなく、
“助ける人”
になってしまいます。
さらに、
恋愛対象というより、
“空氣のような存在”
になってしまうこともあります。
だからこそ、
恋愛をうまくいかせたいなら、
ただの“いい人”になりすぎないこと。
その代わりに、
“わたし”
という個性を表現すること。
そうすると、
他との違いが自然に見えてきます。
そして相手は、
あなた自身の魅力に惹かれていくのだと思います。^^
好みや夢は、変わるもの。
一生同じものとして、
固定されるとは限りません。
一時的に興味の対象が変わったり、
ある時から、ガラッと
まったく違うものに変わることもあります。
わたし自身も、
そういう時を経験してきました。
まず、自分にとっての
“宝物”が変わったこと。
そして、
食べ物の好みが
一時的に変わったこともありました。
こうした変化が起こると、
大切だったものほど、
自分の中で静かにショックを受けたりします。
「どうして今まで好きだったのに、
なんとも感じなくなったんだろう?」
「どうして色あせて見えるんだろう?」
そんなふうに、
不思議で、少しさみしく感じました。
もう一度好きになろうとしてみても、
氣持ちが入らないんですね。
そして一方で、
「もうそこには戻りたくないな」
と思っている自分もいたりするんです。
食べ物の好みが変わった時も、
嫌いになったわけではないけれど、
自然と食べなくなりました。
具体的には、酸っぱいものです。
でも、これは今また好きになっています。
もう一つは辛い物ですね。
今は、
“美味しいと感じる辛さ”
が好き、という感じです。
そして、
自分にとっての宝物も、
こんなふうに変化していきました。
シール・透明でキラキラしたもの
↓
服・アクセサリー
↓
本
という感じです。
この世界には、
変わらないものはないと言います。
常に変化し続けている、
ということですね。
変化していないように見えて、
実は変化しているものもあります。
反対に、
見た目は変化しているように見えても、
内側は変わらないものもあります。
“永遠”という言葉がありますが、
「変わらないものはない」
と思うと、
少し切ない感覚にもなります。
でも、
変化しながら、
その時の最善の形へと変わっていき、
核になるものは変わらない。
そういう“永遠”も
あるのかもしれません。
これは、
“愛のカタチ”
にも少し似ている気がします。
変化することで、
進化しながら永遠を保つ。
そんな変化も、
あるのだと思います。
先ほどの、
食べ物や宝物の話で言うと、
変わらなかったものもありました。
それは、
「おいしい」と感じること。
そして、
心がワクワクするもの。
そこは、
ずっと変わらなかったんですね。
好みや夢が変わっても、
永遠に変わらないものもある。
人は変化を怖がる生き物ですが、
こうした視点を持てると、
少し安心感や希望が見えてくる氣がします。



わたしは、ずっと
「人に迷惑をかけてはいけない」
と思って生きてきました。
だから、人に何かをお願いしたり、頼ったりする時は、
とても申し訳ない氣持ちになって、罪悪感を感じていました。
そのため、そう感じなくて済む方法として、
「自分でやる」という選択をしてきました。
その方が、氣を遣わなくて済むし、楽だったからです。
ところが最近、その考え方が少しずつ変わってきました。
「人に迷惑をかけてはいけない」と教えられて、
わたし自身も、それが正しいことなのだと思って生きてきました。
でも、自分はどうだろうと振り返ってみると、
お願いされたり、頼ってくださった方には、
心を込めて対応させていただいているんですよね。
それも、自分のできる範囲で精いっぱい、
真心を込めて。
そしてそこに、自然とやりがいや充実感を感じている自分がいました。
そう考えると、
これまでのわたしは、
自分の問題は、できるだけ自分で解決する。
でも、他者の問題は、お願いされたら自分が対応する。
そんな、一方通行の状態だったんだなと氣づきました。
そして、「人に迷惑をかけてはいけない」という言葉も、
よくよく考えてみると、少し違和感があることに氣づいたんです。
ここでいう“迷惑”というのは、
本当は
「頼ること」
「助けを求めること」
「お願いすること」
そんな意味として使われているのではないかと思いました。
もしかしたらこれは、
わたしが小さい頃、
「面倒なことは起こさないでね」
「これ以上、手をかけさせないでね」
そんなふうに、その時すでに手一杯だった大人たちが、
自分を守るために使っていた言葉だったのかもしれません。
世の中には、
「助け合う」
「協力し合う」
「力を合わせる」
そんな言葉があります。
それなのに、「人に迷惑をかけてはいけない」と思って、
誰にも頼らず、全部自分でやろうとして生きるのは、
本当は無理のあることなのではないかと思うんです。
今はネット社会で、
人と直接会わなくても生きていけるように感じる時代です。
それでも、わたしたちは一人では生きていけません。
食べ物ひとつとっても、
スーパーに並ぶまでには、育ててくれる人、運んでくれる人、売ってくれる人がいます。
ネットで買い物をした時も、
届けてくださる宅配便の方がいるから、手元に届きます。
頼らずに生きるなんて、
山奥や無人島で一人で暮らす以外、
できないことなんじゃないかなと思うんです。
また、わたしはこれまで、
何かを確認するために調べてもらったり、手間をかけてもらうことさえ、
申し訳なくて、“迷惑をかけること”だと思っていました。
もちろん、自分でできることは自分でやったうえで、
それでも分からなかった時にお願いしているのですが、
それでも、「申し訳ない」と感じて、
自分の不安を押し殺していたんですよね。
でも、それは自分に対して、
とても酷いことをしていたんだなと氣づきました。
そんな様々なことを通して、
わたしは、もう遠慮しすぎないで生きていこうと思いました。
頼ることも、助けを求めることも、
人とつながって生きることの一部なんだと思います。

幸せの魔法使い☆まみ
性を通して本来の自分に還る
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